第18話:ダイヤモンドへの招待状
夏の太陽が容赦なく照りつける、野球の全国大会会場。
その一角にあるミーティング室で、地域のクラブチーム「湊スターズ」の監督、野々村は、深く、重いため息をついた。
彼の率いるチームは、奇跡としか言いようのない快進撃で、明日の決勝戦まで駒を進めていた。
だが、その内情は火の車だった。絶対的エースであるピッチャーの神がかり的な好投だけで、なんとかここまで勝ち上がってきた守りのチーム。打線は全国レベルの投手たちの前に完全に沈黙し、準決勝も1対0という薄氷の勝利だった。
「このままじゃ、決勝は一方的な試合になるだけだ……」
ミーティングのため集まった選手たちの前で、野々村は本音を漏らした。選手たちの顔にも、疲労と諦めの色が濃く浮かんでいる。
「一点……。あと一点を、どこかでひねり出す力があれば……」
野々村は、半分冗談、半分本気で選手たちに問いかけた。
「誰か知らないか? どんなピッチャーからでもヒットを打てる、奇跡みたいなやつを」
シーンと静まり返るミーティング室。
その重苦しい空気を破ったのは、意外な人物だった。
一年生で、かろうじてベンチ入りしている補欠の選手、鈴木がおずおずと手を挙げたのだ。
「あの……監督」
「なんだ、鈴木」
「俺の、小学校の時の同級生に……たぶん、いるかもしれません」
その言葉に、室内にいた全員の視線が鈴木に集中した。
「同級生? どこの誰だ」
「桜川中学校に行った、春海悠っていうやつです」
鈴木は、少しだけ興奮したように言葉を続けた。
「あいつ、マジですごいんです! 小学校の体育の野球じゃ、誰もあいつから三振取れないし、打てば全部ホームランみたいなもんでした! 足もめちゃくちゃ速くて……」
鈴木が語る「春海悠」の伝説は、にわかには信じがたいものだった。
「そいつは、どこかのチームに入ってるのか?」
野々村の問いに、鈴木は首を横に振った。
「いえ、多分……。あいつ、一つのことだけやるの、好きじゃないみたいだったんで。でも、もし監督が『打てるやつ』を探してるなら、俺が知ってる中では、あいつが間違いなく一番です」
同級生からの、熱のこもった証言。
野々村は、腕を組んで考え込んだ。
常識で考えれば、ありえない。
クラブチームにも入っていない素人が、全国大会の決勝で打てるわけがない。
だが、鈴木の目は本気だった。
そして、このままでは負けることが分かりきっている状況で、目の前に現れた、細すぎる蜘蛛の糸。
野々村は、選手たちの顔を見渡した。
みんな、鈴木の話に引き込まれ、その顔には諦めではない、かすかな希望の色が浮かんでいる。
この子たちのために、最高の景色を見せてやるのが、監督の仕事じゃないのか。
彼は、最後の賭けに出ることを決意した。
「鈴木」
「は、はい!」
「その春海悠くんと、連絡は取れるか?」
「いえ、中学が違うんで……。でも、小学校の時の連絡網なら、実家の電話番号が分かるかもしれません」
「……よし」
野々村は、立ち上がった。
その目には、最後の勝負に挑む男の光が宿っていた。
「俺が、話をしてみる」
決勝戦当日、たった一打席だけでもいい。
「秘密兵器」として、君の力が借りたい、と。
その一心で。
ダイヤモンドへの招待状は、こうして、誰も予想しない形で送られることになった。
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