第12話:帰宅部希望、バスケ部に付き添う
真新しい制服に身を包み、俺は中学校の昇降口に立っていた。
桜の花びらが、ひらひらと舞っている。
今日から、俺、春海悠は中学生だ。
「それにしても、すごい熱気だな……」
隣に立つユウトが、校舎の方を見ながら呆れたように呟いた。
廊下や中庭では、様々な運動部の先輩たちが新入生を捕まえて、熱心な勧誘活動を繰り広げている。
「なあ悠、どこか決めたか?」
「決まってるよ。俺は帰宅部だ」
俺がきっぱりとそう言うと、ユウトは「だよな!」と笑った。
「俺は、ちょっとバスケ部見てみようと思ってるんだ。小学校の時、お前のプレー見てたら、なんだかやりたくなっちゃってさ」
「へえ、いいじゃん」
「で、だ。頼む、悠! 一緒に来てくれ!」
ユウトは、パンと手を合わせて俺に頭を下げた。
「なんでだよ。お前が入るんだろ?」
「一人じゃ心細いんだよ! 見学だけ! 体験入部だけでもいいからさ!」
必死なユウトの剣幕に、俺はため息をついた。
まあ、付き添うくらいなら、別にいいか。
「……分かったよ。見るだけな」
「サンキュ!」
俺たちは人混みをかき分け、体育館へと向かった。
◇
体育館の中は、バッシュの擦れる音と、ボールの弾む音が響き渡っていた。
すでに何人かの新入生が、先輩たちに混じって練習に参加している。
「こんにちはー!」
ユウトが元気に挨拶をすると、練習の輪から一人の背の高い先輩がこちらへ歩いてきた。
胸には「キャプテン」と書かれたビブスを着けている。
「新入生か? 体験入部、大歓迎だぞ」
「はい! よろしくお願いします!」
ユウトが深々と頭を下げる。
キャプテンの先輩は、にこやかに応対していたが、ふと、ユウトの後ろに立つ俺に気づくと、少しだけ目を見開いた。
「……なあ、君」
「はい?」
「もしかして、春海悠……じゃないか?」
いきなり名前を呼ばれて、俺は少し驚いた。
なんで俺の名前を?
俺が戸惑っていると、キャプテンの先輩は苦笑いしながら言った。
「やっぱりか。俺の弟が、君と同じ小学校でさ。去年からずっと聞いてたんだよ。『うちの学校に、とんでもない運動神経のやつがいる』って」
「弟さん……」
「ああ。リレーもサッカーも野球も、全部で怪物みたいな活躍してたんだろ? まさか、君のことだったとはな」
噂は、こんなところまで届いていたらしい。
少しだけ、気恥ずかしい。
「それで、君もバスケ部に興味が?」
「いえ、俺は付き添いで来ただけです。帰宅部なんで」
俺がそう答えると、キャプテンは「は?」と、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
周りで話を聞いていた他の先輩たちも、ポカンとしている。
「……冗談だろ?」
「いえ、本気です」
体育館に、一瞬だけ気まずい沈黙が流れた。
その空気を破るように、キャプテンはニヤリと笑った。
「面白い。ますます君に興味が湧いた。なあ、春海くん。付き添いだけじゃつまらないだろ? ちょっとだけ、ゲームに参加していかないか?」
その目は、明らかに俺の実力を試そうとしていた。
断ることもできた。
でも。
(面白そうじゃん)
俺は、その挑戦的な視線から、逃げることができなかった。
「……少しだけ、ですよ」
俺がそう言うと、キャプテンは「よしきた!」と嬉しそうに手を叩いた。
急遽始まったミニゲーム。
俺は、初めて触る6号球の重さに少し戸惑いながらも、コートを駆け抜けた。
ボールを奪い、味方にパスを出す。
小学生の時と、やることは変わらない。
速攻の場面。
俺はドリブルで一気に駆け上がり、ゴール下に切り込んだ。
目の前には、キャプテンが立ちはだかる。
(この人、デカいな……)
シュートは、たぶんブロックされる。
でも、俺のすぐ後ろを、フリーのユウトが走ってきているのが見えた。
俺はジャンプすると見せかけて、ボールを床に叩きつけた。
ボールはキャプテンの股の間を抜け、後ろのユウトの元へ。
「なっ!?」
驚くキャプテンを尻目に、ユウトが楽々とレイアップシュートを決めた。
ゲームが終わった後、体育館は騒然としていた。
「春海くん、君、本当にバスケ初心者なのか!?」
「今のはすごかった!」
「お願いだ、うちの部に入ってくれ!」
先輩たちにもみくちゃにされながら、俺はキャプテンに向かって、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました。楽しかったです。じゃあ、俺、帰宅部なんで、これで」
あっけにとられる先輩たちを残して、俺は体育館を後にした。
ユウトが、慌てて後を追ってくる。
「おい、悠! いいのかよ、あんなに誘われてたのに!」
「いいんだよ。俺は俺のやりたいようにやるだけだから」
俺は笑ってそう言った。
中学生活は、まだ始まったばかり。
これから、どんな「楽しいこと」が待っているんだろう。
俺は期待に胸を膨らませながら、夕暮れの校舎を後にした。
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