EP 48
大工房の洗礼
アイアンハンド商会との提携が決まった翌日、一行は二手に分かれて行動を開始した。
優斗とヴォルフ、そして百狼堂から応援に来ていた弟子たちは、ガントが用意した一等地の店舗で、『百狼堂・ドワーフ支店』の開店準備に取り掛かる。優斗が《物質変換》で屈強なドワーフの体格に合わせた特注の施術ベッドを次々と作り出す光景に、手伝いに来ていたアイアンハンド商会のドワーフたちは、口をあんぐりと開けていた。
一方、モウラとエリーナは、ガント本人に案内され、ドワーフの国の心臓部である『大工房』へと足を踏み入れていた。
そこは、想像を絶する熱気と活気に満ちた、巨大な創造の神殿だった。
何百という鍛冶場(フォージ)から真っ赤な炎が吹き上がり、リズミカルに振り下ろされる無数の槌の音が、まるで荘厳な音楽のように cavernous space に響き渡る。溶岩の川が動力源となり、巨大な歯車や蒸気機関が絶えず唸りを上げていた。
「すごい……すごいわ! この国そのものが、一つの巨大な発明品なのね!」
エリーナは、魂を奪われたように、その光景に魅入っていた。
ガントに案内され、一行は大工房の最深部、ひときゅうわ頑固で気難しいとされる、七人の“大親方(フォールドマスター)”たちが仕事をする特別な一角へと進んだ。
「ほう、ガント殿。そのひょろ長いエルフの小娘が、例の“魔工技士”か?」
七人の中心に座る、最も年嵩の、髭を床まで届くほど伸ばした大親方が、値踏みするような目でエリーナを見た。
「口先だけの魔法使いの戯言でないことを、見せてもらおうかのぅ」
それは、ドワーフたちが何千年もの間培ってきた、伝統と技術への絶対的な自負。そして、新参者への厳しい洗礼だった。
大親方は、工房の隅に積まれた、黒く歪んだ金属の塊を指差した。
「あれは、“鳴かずの鋼”と呼ばれる失敗作じゃ。どんな名工が鍛えても、魔力を通しても、ただ脆く砕けるだけで、武具にはならん。お主のその“魔工学”とやらで、このクズ鉄を蘇らせることができるかの?」
それは、意地の悪い挑戦状だった。
だが、エリーナは怯まない。彼女は目を輝かせ、その黒い金属へと駆け寄った。
「面白いわ! やらせてください!」
エリーナは世界樹の杖を取り出すと、その先端で金属にそっと触れた。杖が淡い光を放ち、彼女の頭の中に、その金属が内包する魔力構造や分子配列の情報が流れ込んでくる。
ドワーフたちが、力と経験と勘で探ってきた道を、彼女は、理論と解析という全く別のアプローチで駆け上がっていく。
「……なるほど。魔力伝導率が高すぎるのに、それを抑えるための結合力が足りていないのね。だから、魔力を流した瞬間に自壊してしまうんだわ」
エリーナはぶつぶつと呟くと、優斗に作ってもらっていた、いくつかの特殊な液体(触媒)を取り出した。
「親方! 火力を最高に上げてください! そして、私が合図をしたら、この液体を混ぜながら、一定のリズムで叩いて!」
最初は半信半疑だった大親方も、エリーナの淀みない指示と、その瞳に宿る真剣な光に、知らず知らずのうちに引き込まれていた。
工房内に、親方の力強い槌の音と、エリーナの澄んだ声が響き渡る。
やがて、鋼が鍛え上がり、冷却水に浸けられる。
ジュッという音と共に立ち上る水蒸気が晴れた後、そこに現れたのは、夜の闇をそのまま封じ込めたかのような、美しく、そして明らかに異様な魔力を放つ一振りの短剣だった。
大親方が、おそるおそるその短剣を手に取り、近くにあった鉄床(かなとこ)を軽く突く。
すると、ほとんど力を入れていないにもかかわらず、短剣の刃は、まるで豆腐を切るかのように、分厚い鉄床をスッパリと切り裂いてしまった。
「「「な……!?」」」
その場にいた全てのドワーフが、絶句した。
失敗作のクズ鉄が、国宝級の魔剣へと生まれ変わったのだ。
大親方は、しばらく短剣とエリーナの顔を交互に見ていたが、やがて、その厳格な顔をくしゃくしゃにすると、ニカッと笑った。
「……小娘。お主、名はなんという」
「エリーナ・シフォンヌです!」
「エリーナ! 気に入った! 今夜は宴会じゃ! 我らの技術とお主の知恵、どちらが上か、飲み比べながらとことん語り明かそうぞ!」
その言葉を皮切りに、工房は「おおおお!」という歓声に包まれた。
エリーナ・シフォンヌは、この日、ドワーフの国で最も頑固な職人たちの心を、その圧倒的な才能で、完全に掴み取ったのだった。
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