EP 42
甘いものは別腹です
『異世界食堂・YUTO』の開店から、一ヶ月が過ぎた。
その人気は衰えるどころか、口コミで大陸中に広まらんばかりの勢いだった。店の前には毎日、開店前から長蛇の列ができ、もはやエターナルの名物風景となっている。
「はい、おまちどうさま! 唐揚げ定食お待ちのお客様!」
モウラは、看板娘としてすっかり板についた笑顔で、忙しそうに店内を駆け回る。厨房では、元・百狼のメンバーたちが、阿吽の呼吸で料理を仕上げていく。その全てを、優斗は頼もしい目で見守っていた。
そんなある日の営業後。
店の常連である、裕福な商人夫人が、優斗に一つの相談を持ちかけた。
「優斗様、あなた様のお料理は、本当に毎日でも食べたいくらい素晴らしいですわ。でも……一つだけ、足りないものがございますの」
「足りないもの、ですか?」
「ええ。この美味しいお食事の後にいただく、“甘いお菓子”ですわ。お口直しに、何か目新しいデザートはございませんこと?」
“デザート”。
その言葉に、優斗の料理人としての魂が、静かに火を点けられた。この世界にある甘味は、果物か、木の実を蜂蜜で和えたような素朴なものばかり。ならば、見せてあげよう。日本の、スイーツ文化の神髄を。
その夜、閉店後の厨房は、新たな実験室と化していた。
「今回は、“チーズケーキ”というお菓子に挑戦しようと思う」
「ちーずけーき?」
「うん。牛乳から作った“クリームチーズ”っていう特別なチーズと、卵、砂糖を混ぜて、オーブンで焼くんだ」
優斗が《物質変換》で、見たこともない乳白色の塊――クリームチーズを生成すると、エリーナが目を輝かせてそれを解析し始める。
「面白いわ! 乳製品を発酵や熟成ではなく、直接こういう状態に……! そして“オーブン”ね! 任せて! 炎の魔石を使って、庫内の温度を完璧に一定に保つ、精密加熱調理器を作ってあげる!」
天才魔工技士の協力のもと、試作は順調に進んだ。
やがて、厨房に、甘く、そして少しだけ香ばしい、天国のような香りが立ち込める。オーブンから取り出されたのは、表面が美しいきつね色に焼かれた、黄金色のケーキだった。
粗熱を取り、冷やしてから、いよいよ試食会だ。
四人は、切り分けられたチーズケーキを、フォークで恐る恐る口に運んだ。
次の瞬間、全員の動きが止まる。
「……な……に、これ……」
モウラが、うっとりとした表情で呟いた。
「ふわふわで……しっとりしてて……口に入れたら、とろける……! 甘いのに、少しだけ酸っぱくて……まるで、甘い雲を食べてるみたいだわ……!」
「熱を加えたことで、タンパク質が変性し、この独特の食感を生み出しているのね……! これはもはや料理じゃないわ、科学であり、芸術よ!」
エリーナは、フォークを片手に興奮気味に分析している。
「……悪くねぇ」
クールを装っていたヴォルフも、その口元は完全に緩みきっていた。
「……おかわり、あるか?」
その言葉が、何よりの賛辞だった。
数日後、『異世界食堂・YUTO』の新メニューとして発表された“至高のチーズケーキ”は、エターナルの女性たち(と、甘党の男たち)の心を鷲掴みにし、新たな社会現象を巻き起こすことになる。
優斗たちの、美味しくて幸せな商売繁盛の毎日は、まだまだ始まったばかりだった。
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