EP 35
潜入前夜
その日から、『百狼堂』は表の顔と裏の顔を持つようになった。
昼は、エターナルで最も評判の癒し処として、人々の笑顔で溢れかえる。
そして夜――その地下に新設された工房兼作戦室では、打倒ゲドン男爵のための準備が、着々と進められていた。
「よし、できたわ! “沈黙の霧”と名付けましょう!」
エリーナが、ガラス玉を掲げて得意げに胸を張る。それは彼女が開発した、魔力に反応して炸裂し、周囲の人間を短時間だけ眠らせる、潜入用の魔道具だった。
「これがあれば、見張りの兵士を傷つけずに無力化できるな」
「こっちの通信機も完璧よ。この耳飾りをつけていれば、小声で話してもお互いにハッキリ聞こえるはずだわ」
彼女の天才的な頭脳は、作戦に必要なガジェットを次々と生み出していく。
「エリーナ、この魔道具の安定性を上げるのに、純度の高い魔銀線が必要だって言ってなかった?」
「ええ、でもあれはすごく高価で……」
「はい、どうぞ」
優斗が、足元の石ころから光り輝く銀の線を作り出す。そのあまりにも規格外なサポート能力に、エリーナももはや驚くのをやめていた。
テーブルの反対側では、ヴォルフが入手したゲドン男爵の屋敷の見取り図を広げ、潜入計画の最終確認を行っていた。
「情報屋によれば、警備兵の交代は夜中の二時。このタイミングで、屋敷の裏手にある古い水道から侵入する。そこから厨房を抜け、書斎を目指すのが最短ルートだ」
その説明に、モウラが頷く。彼女はここ数日、ヴォルフの指導のもと、大技だけでなく、音を立てずに敵を無力化する隠密戦闘術の訓練を重ねていた。
「書斎には、魔法の罠が仕掛けられている可能性が高いわ」
「そこは、私が作ったこの“魔力キャンセラー”で一時的に無効化する。時間は3分。その間に証拠を見つけ出すのよ」
ヴォルフの情報、エリーナの技術、モウラの戦闘力、そして優斗の万能なサポート。
それぞれの能力が、一つの目的のために完璧に噛み合っていく。
作戦決行は、三日後の新月の夜。
優斗は、準備万端の仲間たちの顔を見回し、静かに告げた。
「目的は、あくまで証拠の確保だ。無用な戦闘は避ける。誰一人、欠けることなく、必ず全員でここに帰ってくること。良いな?」
「「「おう!」」」
三人の力強い返事が、作戦室に響き渡る。
理不尽に全てを奪おうとした悪徳貴族に、正義の鉄槌を下すために。
そして、大切な故郷と仲間たちの未来を取り戻すために。
優斗たちの、人生を賭けた大仕事が、今、始まろうとしていた。
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