EP 34

悪徳貴族の名

『百狼堂』の評判は、日に日にエターナル中に広まっていった。元・盗賊たちが施す極上の癒しは、もはや街の名物となり、店は連日大盛況。優斗たちが手にした資金と影響力は、当初の予想を遥かに超えるものとなっていた。

そして、決意の夜から数日が過ぎたある日。

店の営業を終えた本店の一室に、優斗、モウラ、エリーナ、そしてヴォルフが集まっていた。ヴォルフが、緊張の面持ちで口を開く。

「……突き止めたぜ。モウラを狙ってる貴族の正体だ」

彼の言葉に、三人の視線が集中する。

「そいつの名は、男爵(バロン)・ゲドン。ガルーダ獣人国の王都から少し離れた、自分の領地でやりたい放題やってる、豚耳族の貴族だ。例の役人デブーンは、こいつの遠い親戚で、言いなりになってる犬っころらしい」

「バロン・ゲドン……」

モウラが、忌々しげにその名を繰り返す。

「ああ。うちの連中に調べさせたところ、とんでもねぇクズだってことが分かった。女癖が最悪でな。自分の領地や、今回みてぇに難癖つけて奪った他所の土地から、器量の良い娘を『コレクション』と称して屋敷に連れ込んでは、奴隷同然に扱ってるらしい」

ヴォルフの言葉に、部屋の温度が数度下がったかのような、冷たい怒りが満ちた。

「……そいつ、絶対に許せない」

優斗が、静かに、しかし心の底からの怒りを込めて呟いた。

「だが、ただの貴族じゃねぇ。奴は裏で、モンスターの密売や禁制品の密輸に手を染めてやがる。その取引の一部は、このエターナルを通じて行われてるみてぇだ。それが奴の莫大な富の源泉であり、そして……俺たちが付け入る唯一の“弱点”だ」

ヴォルフの金色の瞳が、鋭く光る。

「なるほどね」

エリーナが、知的に眼鏡の位置を直した。

「つまり、その密売の証拠を掴んで、デブーンじゃなくて、もっと上の……ガルーダ獣人国の王様とかに直接突きつければ、あのゲドンとかいう男爵を失脚させられるかもしれないってことね!」

「その通りだ。だが、証拠は奴の屋敷の奥深くにあるはず。警備も厳重だろう。正面から乗り込むのは自殺行為だ」

「だったら」

優斗が、仲間たちの顔を順に見回した。

「やることは一つだ。――ゲドン男爵の屋敷に潜入して、悪事の証拠を盗み出す」

それは、あまりにも大胆不敵な作戦。だが、今の彼らには、それを可能にする力が揃っていた。

「面白くなってきたじゃない! 潜入用の魔道具なら、私に任せて!」

「私も行くわ! あいつの顔面に、一発お見舞いしてやらないと気が済まない!」

「へっ、決まりだな。屋敷への侵入経路は、この街の王(キング)、ヴォルフ様が最短ルートを見つけてやるさ」

それぞれの決意が、一つの目標へと収束していく。

かつて財布を盗むプロだった『百狼』が、今、一人の仲間と故郷の自由を盗み返すため、巨大な悪へと挑む。

優斗たちの、新たな戦いの火蓋が、今まさに切られようとしていた。

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