EP 32
開業、癒し処『百狼堂』
数日の準備期間を経て、ついに癒し処『百狼堂』の看板が、エターナルの大通りに掲げられた。
店の前には、優斗が考案した清潔な揃いの作務衣(さむえ)に身を包んだ、元・百狼のメンバーたちが緊張した面持ちで整列している。その顔つきは、もはや盗賊ではなく、治療家のそれだった。
「「「いらっしゃいませ!」」」
威勢の良い声が響くが、道行く人々は遠巻きに様子を窺うばかりだ。
「おい、あれって窃盗団の『百狼』じゃねぇか?」
「あいつらが店ぇ? 何を企んでやがるんだ……」
「“しあつ・まっさーじ”? 呪いのまじないか何かか?」
そんな不穏な噂が、一行の耳にも届いてくる。裏社会で名を馳せた悪評は、そう簡単には消えない。開店から一時間、客は誰一人として現れなかった。
「……やっぱり、無理だったんすかね、先生」
ヴォルフが、少し弱気な声を出す。その時だった。
「ちっ……腰が痛ぇ……。ええい、ままよ! 毒を食らわば皿までだ!」
一人の客が、やけっぱちといった様子で店に入ってきた。近くの鍛冶場で働く、頑固そうなドワーフの老人だ。長年の無理がたたり、腰は大きく曲がってしまっている。
「へい、先生とやら。わしのこの腰、何とかなるのか?」
「はい、お任せください。――クマ、頼む」
「へい!」
優斗に指名されたのは、熊の獣人であるクマ。百狼の中でも一際巨体だが、その指先は驚くほど繊細だった。クマは師の教え通り、老人の凝り固まった腰を、丁寧かつ力強く揉みほぐしていく。
最初は「痛ぇ!」「そこじゃねぇ!」と文句を言っていた老人の口から、やがて「お……」「おお……?」と感嘆の声が漏れ始め、施術が終わる頃には、完全にぐにゃぐにゃになっていた。
「……わ、わしは……今……天国にでもおるのか……?」
老人はゆっくりと立ち上がると、すっくと背筋を伸ばしてみせた。あれほど曲がっていた腰が、まっすぐになっている。
「な、治っとる……! 20年もののわしの腰痛が……! 神は、神はここにおったかーっ!!」
老人は店を飛び出すと、大通りで歓喜の声を上げた。その奇跡的な回復劇を目の当たりにした人々が、堰を切ったように店へと殺到し始めた。
「わ、私も!」
「俺の肩こりも頼む!」
「金ならいくらでも払うぞ!」
店は、あっという間に満員御礼となった。
弟子たちが、汗だくになりながらも嬉しそうに施術を行う。
モウラは、受付で客の整理に奔走し、エリーナは自作の順番待ち札を配って回る。
ヴォルフは店の屋根から、街のチンピラがちょっかいを出さないように、鋭い眼光を光らせていた。
そして優斗は、師として弟子たちの施術を見守り、時に的確な助言を与えていく。
その日の営業が終わる頃には、百狼堂のレジには信じられない額の金貨が積まれていた。
だが、それ以上に価値があったのは、疲れ果てながらも、客からの「ありがとう」という言葉に、心からの笑顔を浮かべる元・盗賊たちの姿だった。
エターナルの街に、新たな伝説が生まれた。
どんな頑固なコリも、どんな深い疲れも癒してしまう、ゴッドハンドを持つ治療院。
その名は、『百狼堂』。
優斗が仲間たちと共に築き上げた、優しさの城だった。
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