EP 13
眠れる森のエルフ
ゴブリンの襲撃から数日が経ち、ワギュウの里には日常が戻りつつあった。戦いの後片付けも一段落し、優斗は相変わらず施療院で獣人たちの体を癒している。
そんな折、ゴブリンの残党狩りに出ていた獣人の一団が、慌てた様子で長老ワンダフの元へ駆け込んできた。
「長老! 報告です! ゴブリンどもの根城だった洞窟で、捕虜らしき者を発見しました!」
「む? 生存者がおったか」
「は、はい。エルフのようですが……その、洞窟の奥の檻の中で、ぐーすか高いびきをかいて寝ておりまして……」
「……何? エルフが?」
ワンダフは呆れたように長い眉をひそめた。
「……まあ良い。話を聞かねばなるまい。ここに連れて来なさい」
しばらくして、二人の屈強な獣人に両脇を抱えられるようにして、一人の少女が連れてこられた。汚れたローブを纏ってはいるが、長く尖った耳、亜麻色の髪、そして華奢な体つきは、紛れもなくエルフのものだった。
「うわ、本物のエルフだ。初めて見た……」
報告を聞きつけてやってきた優斗が、感心したように呟く。噂に違わぬ美少女だが、その口からは「んー……もう、ご飯は食べられないよぉ……」と、幸せそうな寝言が漏れていた。
「おい! いい加減にしろ! いつまで寝てるんだ、起きろ!」
痺れを切らした獣人の一人が、その肩を揺さぶって怒鳴ると、エルフの少女――エリーナは、ふぇっ!? と間の抜けた声を上げて飛び起きた。
「な、何!? わわわ、獣人がいっぱい!? あ、でも人間さんがいる……!」
パニックになりかけたエリーナだったが、群衆の中に優斗の姿を見つけると、少しだけ安堵したように胸を撫で下ろした。
「静まれ小娘。ここはガルーダ獣人国のワギュウの里じゃよ。わしがここの長老、ワンダフだ。お主の名は何と申す?」
「は、はい! エリーナ・シフォンヌです! 魔工技士をやっていて……その、故郷の森からドワーフ国に勉強しに行こうとしたら、道に迷ってしまって……」
エリーナは涙目になりながら、これまでの経緯を必死に説明した。その言葉に、その場にいた全員が、絶句した。
ワンダフが、こめかみを押さえながら呟く。
「……ドワーフ国は、大陸の西の山脈地帯。ここは南東の草原地帯じゃぞ。どうやって、そこまで正反対の方向に来られるのだ……とんでもない方向音痴だな、お主」
「うん……すごいね」
「この人を一人で外に出したら、絶対にドワーフ国には辿り着けないでしょうね……」
優斗とモウラも、もはや同情を通り越して感心の域に達していた。
「そ、そんなぁ……」
うなだれるエリーナに、ワンダフは深いため息を一つついてから、言った。
「……まあ良い。見ての通り、お主を一人で旅立たせるのはあまりにも危険じゃ。しばらくは、この里でゆっくりしていくが良い」
「え……! あ、ありがとうございます!」
予想外の温情に、エリーナはぱあっと顔を輝かせた。
こうして、天才的な頭脳と、絶望的な方向感覚を併せ持つエルフの魔工技士が、ワギュウの里の新たな住人として加わることになったのだった。
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