異世界転生×ユニークスキル【物質変換】で石をパンに変えて無双する!?
月神世一
EP 1
雷鳴は理不尽の合図
松田優斗(まつだ ゆうと)、22歳。その人生は、良く言えば平坦、悪く言えば停滞していた。
鍼灸指圧マッサージ師。国家資格まで取得したその肩書は、もはや埃をかぶった賞状のように、実家の自室の隅で輝きを失っている。パワハラ上司と際限のないサービス残業のコンボは、社会人一年目の若い心をへし折るには十分すぎた。あっさりと退職届を叩きつけ、それ以来、彼は実家の一室を拠点とする「引きこもり」という名の城主となっていた。
「仕事しろ!」
「この穀潰し!」
家族からの罵声は、もはや日常のBGMだ。その音量に耐えかねて、優斗は今日、実に数ヶ月ぶりにスーツに袖を通し、近所のコンビニのアルバイト面接へと向かった。
「はぁ……どうせ駄目だったろうな」
帰り道、生ぬるい風が首筋を撫でる。緩めたネクタイが虚しく揺れた。受かったところで、あの激務で知られるコンビニバイトが務まるとも思えない。これで良いんだ、と優斗は自分に言い聞かせる。不採用通知は、今の生活を続けるための免罪符になる。
「これで心置きなく、スマホのソシャゲに集中できるってわけだ」
虚勢を張った独り言が、乾いたアスファルトに吸い込まれていく。その時だった。
さっきまで晴れ渡っていたはずの空が、まるで墨汁を垂らしたかのように、急速に黒く染まっていく。ゴロゴロと、地の底から響くような不気味な音が鳴り響いた。
「え? なんだよ、天気予報じゃ晴れだって…」
見上げた優斗の視界を、閃光が純白に焼き切った。
ドガガガアアアン!!
脳を揺さぶる轟音。全身を駆け巡る、数億ボルトの灼熱。痛みを感じる暇さえなく、彼の意識は闇に呑まれた。
松田優斗、22歳の生涯は、あまりにも呆気なく、そして理不尽に幕を閉じた。
第一章:その女神、アクア
「ん……? ここは……?」
意識が浮上する。優斗は、どこまでも続く純白の空間に寝転がっていることに気づいた。痛みもなければ、身体の感覚すらない。まるで夢の中にいるようだ。
「あら、起きましたか。松田優斗君」
声のした方へ顔を向けると、そこに一人の女性が立っていた。水色の髪をサラリと流し、神々しい衣をまとった、息を呑むほどの美女。だがその表情は、まるで道端の石ころでも見るかのように、ひどく無感動だった。
「え? あ……?」
「もう、反応が鈍いですわね。これだから最近のニートは。もう一回、落雷でも落としましょうか?」
その物騒な一言で、優斗の脳は完全に覚醒した。
「な、なんだと!? さっきの雷……あんたの仕業かよ! 俺は……死んだのか!?」
「はい、左様です」
女神――アクアと名乗ろう――は、コクリと頷いた。
「貴方の家族の方から、『一家の穀潰しを何とかしてください』と、それはもう熱心な祈りが毎日届いておりましたので。私が“何とか”して差し上げました」
「“何とか”って……殺すことかよ!?」
「ええ。それが一番手っ取り早いですから」
悪びれる様子もなく言い放つ女神に、優斗の怒りが沸点を超える。
「ふざけるな! 人の命をなんだと思ってやがる!」
「ま、終わったことは良いとして、これからの話をしましょう」
「終わったことだと!? このクソアマ!!」
優斗が放った渾身の罵倒も、アクアは柳に風と受け流す。
「はいはい、ご褒美にスキルを二つ差し上げますわ。『言語理解』と『物質変換』です」
「は? な、なんだそれは……?」
あまりに唐突な単語に、怒りで真っ白になった頭がわずかに冷静さを取り戻す。
「え? これから貴方が転生する世界、『アナステシア』で生きていくためのスキルですが、何か?」
「い、異世界転生って……あのラノベとかの!?」
「話が早くて助かりますわ。では説明しますね。『言語理解』はその名の通り。問題は『物質変換』ですが、これは簡単に言えば、石をパンに変えたり、パンを金に変えたりできる、それはもう素晴らしいスキルです」
「金……稼ぎ放題じゃないか!」
ニートの心に、一瞬、打算的な光が差す。これさえあれば、もう働かなくても……。
「ですが、そのためには条件があります」
女神は、キラリと輝いた優斗の目を、冷たく見据えて続けた。
「貴方は“善行”を積まなければなりません。人助け、社会貢献……とにかく良いことをしてポイントを貯めないと、スキルは使用できません」
「なんだよ、それ……」
優斗の夢は、一瞬で砕け散った。結局、タダ働きのようなことをしなければならないのか。
「あ、もう時間ですね。転送ゲートが開きます」
アクアがパチンと指を鳴らすと、優斗の足元に眩い光の魔法陣が浮かび上がった。身体が抗いようもなく、光の中心へと吸い寄せられていく。
「おい、待て! ふざけるな! 転生する前に、せめて貴様をぶん殴らせろ! この人殺しがあああぁぁぁっ!!」
彼の最後の叫びは、純白の空間に虚しく響き渡る。
女神アクアは、その姿が完全に見えなくなるまで、心底面倒くさそうな顔で手を振り続けていた。
こうして、松田優斗は異世界アナステシア、マンルシア大陸へと――文字通り、放り出された。
彼の新たな、そして、おそらくは前途多難な人生が、今まさに始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます