第9話 コトノトレーナー
大会後の夜。
自室でツブッターを眺めていると、一件のリプライが目に留まった。
ピーチズさんからだ。
『実況のテンションが高くて最高でした! 直接お声がけしたかったのですが、時間がなくて……。ごめんなさい><』
なんだ、ピーチズさんも会場にいたのか。
参加者の誰かだったのだろうか。にしては、ゲームの趣味が妙におっさん臭いが……。
あるいは、付き添いで来ていた保護者の方かもしれないな。
そんなことを考えていると、ノックもなしに勢いよくドアが開いた。
「お兄ちゃーん!」
「ノックしろ、ばか! ……ああっ、琴乃ちゃんも。いらっしゃい」
部屋に飛び込んできたのは姫美と、その後ろに控える琴乃ちゃんだ。
自室だというのに、いつ奇襲されるか分からず、安心して萌えアニメを視聴することすらできない。
「対戦の日、来週の土曜日に決まったよ!」
「そうか。この間貸したモンモンを使えば苦戦はしないはずだ。だが油断は禁物だぞ。ネット対戦でしっかり練習しておけ」
「だから、それをしに来たんでしょ! お兄ちゃん、コーチングお願い!」
どこまでも他力本願な妹だ。
「お願いします、お兄さん」
しかし、琴乃ちゃんに潤んだ瞳で上目遣いにお願いされては断れない。
いつも出来の悪い妹が迷惑をかけているのだろう。
兄として、彼女を助けてやるのは当然の義務だ。
「わかった。じゃあ、試しに何戦かやってみようか」
琴乃ちゃんはライトユーザーだが、ストーリーはクリア済みと聞いている。
基礎はできているはずだし、俺が貸した一級品のモンモンがいれば、それなりに戦えるはずだ。
と、思ったのだが——
「あ、あれ? 弱点の技が使えませんよ?」
モノマネーに持たせた【ステップシューズ】の効果を理解していないみたいだ。
素早さが上がる代わりに同じ技しか出せなくなるデメリットがついている。
クリア後限定のアイテムなので、琴乃ちゃんがそのことを知らないのは致し方ない。
「あれれ? 【折り紙】が発動しません……。どうしてですか?」
これも初心者が陥りがちなミスだ。
相手が【変わり身の術】で隠れている間は、【折り紙】は発動しない。
こういう細かい仕様は、ゲーム内に表記されていないので、ネットで調べるか、対戦を重ねて、その身で覚えるしかないのだ。
その後も、琴乃ちゃんは初見殺しの戦術や複雑な仕様に翻弄され、為す術なく三連敗を喫してしまった。
「私……モンモンバトルの才能、ないのかもしれません……」
すっかり自信をなくしたのか、彼女はプレッチを握ったまま、がっくりと項垂れた。
「モノマネーは癖が強いから、初心者には難しかったかもしれないな。いっそ、別の使いやすいモンモンにしてみるか?」
あのガキ大将が、積み技で受け構築の対策をしてくるとは思えない。
わざわざメタを張る必要はないだろう。
「あ、あの……! それなら、私が自分で育ててみます。ずっと頼りっぱなしなのは、申し訳ないですから……」
「本気か? モンモンの育成は苦行だぞ? それでもやるのか?」
「はい。私の弟のためですから。私も、少しは頑張らないと」
この献身的な態度たるものよ。
どこまでも人に頼ることしか考えない姫美とは、大違いだ。
「わかった。その覚悟、気に入った。だが、育成環境を一から整えるのは時間がかかりすぎる。せめて育成用のモンモンとアイテムは俺から受け取ってくれ。あと、育成に役立つ攻略サイトのリンクを送りたい。LINNを交換してくれるか?」
「はいっ! ありがとうございます、お兄さん!」
通信交換で琴乃ちゃんにモンモンを送っていると、姫美が俺の脇腹を肘でぐりぐりと突き、耳元に口を寄せてきた。
「やるじゃん、お兄ちゃん。美少女のLINNゲットだね」
俺は無言で、姫美の脳天に拳骨を落とした。
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