第3章その9
ばば様はトドガサキの民達に 刺し子の技を教えていた
胆沢よりも寒さの厳しいこの土地では、もっと糸を密にした物が良いと、綿の糸を沢山刺した
いつしか ばば様の作る刺し子は、銀狐の面のかか
様の作る銀の刺し子と呼ばれる様になり、ばば様は銀狐のかか様と呼ばれるようになっていた
風の通る薄い布が暖かい衣になっていき、民も大層喜んで野良着や夜具にした
獣達も毛皮の為に無闇に殺されなくなり、銀狐のかか様に感謝した
翁ばばと胆沢に残った者達は大和の民と共に、
田村麻呂から稲作を教わっていた
今まで穀物は畑で蕎麦、粟、ひえ、などを育てたが
水耕は知らなかった
水の良い日高見では良い米が採れるだろうと田村麻呂は熱心に教え、青龍族の者は青い泉の水も引き入れ龍神に成功を祈り働いた
藤族の賢い女達は、水耕に便利な道具を次々と作り出し翁ばばに見てもらった
「これでいけますかね?」
「大和の民にはもっと柄を長くしますか?」
と まるでフカの様に器用に道具を作って、大和の民と親しくなっていた
マナ達の居るロクンデウ・マの冬は更に長く厳しかったが、皆で工夫の限りを尽くし春を待った
春にはタオが母になる、新しい蝦夷が産まれる、
それを楽しみに耐えて働き、待った
やがて福寿草が、カタクリが、春告花が、二輪草が一斉に咲き春の訪れを教えた
ロクンデウ・マの遅い春は一気に進み、山桜の満開になった日、タオは丸々と太った女の子を産んだ
大きな声で力強く泣く元気で可愛い子だ
サクは廊下で待つ様に言われたが、我慢できずに中に入って寝かされた赤ん坊を覗き込んだ
そしておもむろに、白いおくるみに包まれた赤ん坊を抱きしめて
「俺の子だ〜!サクの子だ〜!」
と本当に嬉しそうにクルクルと回った
女達がたしなめても聞こえない様で、そのまま裸足で庭に出た
そして天高くおくるみの赤ん坊を掲げ、
「阿弖流為ー!見えるかー!
サクがトトになったんだぞー!
子供ってこんなに嬉しいんだなー
サク本当に嬉しい! タオ有難う!
阿弖流為にもマテルを見せてやりたかったよ…
阿弖流為も見たかっただろうな……」
そう言った
そこに居た女達も、サクの声を聞きつけて来た蝦夷の男達も阿弖流為を思い出し泣いていた
マナとマテルも空を見上げた
「決めた決めた! この子は山桜が満開の日に産まれた桜族の子だからサクラだ、決めたんだから!
そんで大きくなったらマテルの嫁にする!
金色の髪の狼の男の子を産んでもらうんだ!
そうだ!かか様に サクラがかか様になれる様仕込んでもらおう! サクがそれまでにマテルを阿弖流為みたいに仕込んでやるぞ、マテル、覚悟はいいか?」
サクは意気込んだ
「なに産まれたばかりのサクラに 子を産ます先まで考えてるんだ!気が早すぎるぞ!その時はお前はただのジジの民だぞ!」
タオが呆れたように言って笑った
「そうだ、サクはただのジジの民だ!」
サクは嬉しそうに胸を張って言った
だがその場に居た誰もが想像して明るくなった
サクも照れたように笑ったが、
「阿弖流為ー!
サクはこれからもこの子の為、蝦夷の子供たちの為に頑張るからなー、
タオに沢山 子を産んでもらって蝦夷の子をもっと増やすからな、蝦夷の為に頑張るからなー!
これを分からせる為、蝦夷の未来の為に サクを生き残らせたんだな、今分かったよ!
阿弖流為ー!聞いてるかー!
聞こえてるかー阿弖流為ー!」
サクの目には止めどなく涙が溢れていた
「あ!サクラが小便した!」
サクは溢れ出る涙をおくるみの端で拭き、そのまま顔をうずめて誤魔化した
「ばか!」
タオが笑った
マナもマテルも、その場に居た全ての蝦夷達が
泣きながら笑った
サクは生きる意味を見つけた様な気がして、何とも言えない心持ちになるのを感じ、乳臭いおくるみから顔を離せず
「やるよ、サクやるからね!安心して、空の上から見ててね、阿弖流為!」
涙が止まらなくなっていたのを隠し、嗚咽をサクラの泣き声に隠していた
第3章 終 終章に続く
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