第3章その8
その頃コオは 田村麻呂に頼まれた薬師如来像と巻物を背負って、猪にまたがり旅をしていた
青い空が続く山道で涼やかな風に吹かれ、コオは空に向かい独り言を呟いていた
「コオが1番長く大和を見ることになるなんてなー
阿弖流為ー、大和で色々知ったぞ、大和の神も偉いんだぞ、毎晩民の為、平和と安寧を願って祈ってるんだ、1度だけ田村麻呂のお供で夜中に帝って神のいる場所近くまで行ったんだ、ただひたすら祈ってるって田村麻呂が言ってた、それが帝のお役目だって…
民が飢えず、皆に食料が行き渡るようにと願ったから、大臣達がいくさで土地を広げる命令を出したんだって、でも大和の神もいくさは避けねばと田村麻呂に東北平定を任せたんだって、神はみんな争いなんか望んでないんだな、なのに…まだいくさなくならないぞ、なんでだ?
まだまだコオは学ばなきゃだね、阿弖流為!
田村麻呂に長生きしてもらって、いくさなくすよ」
コオは首飾りに作り直した黒曜石を陽の光にかざしながら空に向かって言った
「それと…コオはアイツの事嫌いじゃ無くなったぞ、今じゃ仲いいんだぞ…」
まるで阿弖流為が喜んでいるかの様に一層強い風が
コオを巻くように吹いて、花々を舞い踊らせた
コオを送り出した田村麻呂は見えにくくなった眼を瞑り、阿弖流為の面影を探していた
日高見、胆沢の館を訪ね、酒を酌み交したあの日、
阿弖流為から聞いた理想…
阿弖流為は言った
「わしは子供の頃 父である蝦夷のとと様と日高見中を旅した、その時ととが言ったんだ
『日高見は広い、しかしそれ以外の地も広い、日高見に神がおられる様に、他の地にも神が居ておかしいことはない、現に大和には弟神がおられ、子孫が治めている、もっと西には西の神が作った国が有るかもしれない、北にもな、それぞれがそこの神を信じている、しかし神は人の事だけを考えている訳では無い、全ての物をだ、それを忘れるな、この地が人の物だなどと思い上がってはいけない、人はその地の全てを栄えさせるお手伝いをする為 命を与えられておる』そう言ったんだ
この身は皆死ぬまで神から与えられた借り物、
ならば与えられた命に感謝し、神が願う様にこの地が平和に栄える様に生きねば…
いくさなどない方がよい、
命を与えた神に皆が感謝すればよい、
髪の色も肌の色も、言葉も生きざまも、神のもとでは皆平等で対等なんだ、それぞれでよいのだ
神は目に見えない、自分が感じる神を信じればいい
神はきっと沢山いる、何処にでもいる、
山にも川にも木々にもな
なのに他の神を信じないで否定する事は 自分達の神が否定されるのを許すことだ
だから、誰であろうと神を信じる者であれば助ける
苦しむ者が有れば皆で助ければ良い、
悲しむ者が有れば皆でなぐさめれば良い、
豊かな者が居れば皆に分け与えれば良い、
そうやって生きて行けることを神に感謝すれば、
きっとこの世は、神が望んだような平和で平らかな
国々になる、神はそんな民を誰一人置き去りにしない、見ていてくれる
わしは、そう思って生きて行くのが理想だと信じて生きている、蝦夷の皆にもそう言っている」
田村麻呂はその時胸が熱くなるのを感じた
そして、今までの自分の生き方に疑問も感じた
平和で平らかな国…
神は1人ではない…
この地は人だけの物でない…
阿弖流為の言った言葉のひとつひとつが今でも
忘れられずにいた
眼を閉じるといつも、あの時の阿弖流為の熱く語る
、微笑みながらキラキラと輝く眼が思い出される…
私はどれ程の事を成したのだろうか
いくさを止めさせ、寺を造り、
民に稲作や養蚕を教えた、
民は豊かになったのであろうか…
幸せであろうか…
眼が良くなくても出来る事はまだまだ有るだろう、これからも阿弖流為が言った様に、命ある限り帝の望む世に近づける為の手伝いをしていこう、
阿弖流為、有難う
もう少し長く付き合いたかった…
瞑った眼から ひとすじ涙が伝った
つづく
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