第2章その4
「間違いありません、大将はあの日の金の狼の面、
漆黒熊の面と、うさぎの面の男 うさぎ耳は私の放った矢で欠けていましたから」
国守の家来に混ざっていた弟麻呂の兵が報告した
「よし!明日夜 必ず息子の仇を打つ!」
酒を飲みながら弟麻呂が言った
国守は『これで都に戻して頂ける』とほくそ笑んで夜遅くまで1人酒を飲みながら、都で昇進した自分の姿を夢見ていた
阿弖流為は先ずリヨウと2人きりで話をした
そして2通の手紙を書かせた
1通はマナに、そしてもう1通は大和の文字で
田村麻呂にだった
それから阿弖流為は動揺する皆に向かって言った
「これからはリヨウを頭と思え、全てリヨウの判断に必ず従え、約束だ、守れ!
リヨウよ、これまで面をつけるなと言ってきたが、もう戦いは無いはずだ、これからはつけろ」
阿弖流為がそう言うと、リヨウは荷物から刺子の巾着に入れた面を取り出し つけた
緑がかった山猫の面だった
殆んどの者達が初めて見た
額には竹で出来た五芒星が描かれ、真ん中には黒く光る石 黒曜石が埋め込まれていた
「リヨウの面は戦うもので無く、皆を平和に導く為つけるものだ、そして竹族は昔から蝦夷一族を導く一族だ、だからわしが居なくなっても戦いが無ければ竹族の長が、このリヨウが皆を平和に向かって導く、皆リヨウに従うように、
そして、皆 大和で嫁を娶れ、蝦夷の魂を受けた子をもうけろ、それこそが平和の始まりになる筈だ」
阿弖流為は『頼むぞ』と言う様に一人一人と目を会わせて言葉を掛けた
「リヨウ、ミヤ、ショウ、田村麻呂に頼んである、大和で蝦夷の知識を広め大和の知識を学べ」
「コオ、ゲンが居なくなる 代わりに身体の不自由なショウを支えてくれ、頼むぞ
クロ、お前はゲンとして徒士隊と共に行動しろ、
良いな くれぐれも戦わないでくれよ、他の者達の命が危うくなる
徒士隊よ、クロをゲンと思って仲間にしてやってくれ、ゲンの思いを汲んでやってくれ」
クロとゲンが徒士隊に頭を下げた
ゲンはコオの手を取り、ショウの事を頼んでいた
「クロ!お前は何度も死ぬ運命を乗り越えてきた、神が生かしたんだ、きっと意味がある筈だ
ゲンとして我慢して、再び蝦夷の地に戻れる時が来たら マナにこの手紙を渡す役をやってくれ、必ず生き延びろ!」
そう言って1通の手紙を渡した
クロは油紙に包まれたその手紙を腹帯の中に縫い付けた
皆泣いていたが、阿弖流為とフカとゲンは泣いていなかった
翌夕改めて国守が迎えに来た
3人は狼、熊、うさぎの面をつけ、帝に拝謁する為用意した装束で、武器は持たずに出掛けた
西側から馬屋の外に出された、そこは川沿いの広い河原で、周囲を弟麻呂の兵達が取り囲んでいた
「息子の仇、今此処で成敗してやる」
中央に座っていた弟麻呂が怒りと共に立ち上がって
裏返った震え声で言った
阿弖流為は
「逃げも隠れもしない、戦う意思もない、ただ、
あと4日、田村麻呂が戻ると言った5日目まで待ってくれぬか?
わしらの命などお前にくれてやる、残った者の処遇が知りたい、奴らに罪は無い、奴らはわしの言う事を聞いて付いて来ただけだ、
息子殿の仇討ちならわしら3人で良いはず、残りの者は都に行かせてやってくれ、必ず大和の為にも蝦夷の為にもなる、田村麻呂もそれを分かって連れて来いと言った者達だ!」
弟麻呂は田村麻呂が恐ろしかったので、取り敢えずその場は気持ちを抑え、あと4日待つことにした
阿弖流為達は河原のあずま屋に縛られたまま4日間を過ごした
4日目の夕方 弟麻呂は蝦夷全員を連れて現れ、
「4日経ったぞ、田村麻呂は来んではないか!
お前達は騙されたんだ!やつは鬼なんだ!
約束通り3人は処刑する!」
と言った、泣き叫ぶ蝦夷達に阿弖流為は
「皆 静かにしろ、約束だ!
お前達は田村麻呂が来るのを待て、必ず来る!
やつを信じろ、わしの言う事を信じて生きろ!」
そう言うと左右の2人に微笑み
「大丈夫だ、共に行くんだ、わしに付いて来い!」
そう言って促した
フカもゲンも微笑み返して頷いた
残る者達だけが静かに涙を流した
そして日没と共に首をハネられ、その場に首を晒された
弟麻呂はハネられたその首が、堂々として清々しく見えて悔しく、苛立ちを感じながら去って行った
リヨウ、ミヤ、ショウと、支えるコオとクロは弟麻呂達が去るのを待って3人の亡き骸の縄をほどき、綺麗に寝かせた、
そして晒された首の前で声を上げて泣くだけ泣いた
ミヤは館に来た時を思い出した
「お前は大人しいが芯が強い、そのままで良い、
このショウはお前に無い物を沢山持っている、仲良くなれ、兄弟だと思え 楽しくなるぞ」
そう言って1人になった自分が淋しく無いようにしてくれた、
礼儀を知らない昔のコオに阿弖流為は
「お前もう少し礼儀を学べ、ミヤに何でも教われ、そうすればもっと人と上手く付き合えるぞ」
そう言ってくれてミヤから礼儀を教わる事が出来た
猪しか相手に出来なかった自分が変われたと、ミヤに言ってくれた阿弖流為に感謝していた
ショウは怪我した時の阿弖流為の優しさが忘れられなかった、フカに頼んで自分が1番動きやすい杖を作る様に頼んでくれた
クロは蓮沼で泣いた時の事が頭に浮かんだ
優しく抱きしめて辛かったなと言った声が蘇った
皆いつも阿弖流為の言葉に、行動に、何より心に救われていたのだと今更ながら思い知らされていた
皆それぞれに阿弖流為との思い出が有ったのだ
つづく
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