第1章その8
東北の冬は早い
田村麻呂は監視の者だけ残して、軍を率いて都に引き上げた
「あの秀でた部族を何とか残したい、帝にお分かり頂きたい、大和の為にも考えなくては…」
真剣にそう考えていた
あの夜 田村麻呂は蝦夷が大和の事をよく知らないと思って、大和に伝わる『天孫降臨から神武天皇まで』を話し、帝が正統な神の子孫と伝えた
しかし阿弖流為は知っていた、それどころか降臨した神がもう1人居たと田村麻呂に伝えた
『その神は天磐船(あまのいわふね)で大和近くに降り立ち、東に向かいこの地に来た、
蝦夷はその時のお供の神の末裔だと言った
兄神であったその神は大和を治めるであろう弟神と争わぬ様に日高見を別の国にした、もし弟神が全ての統一を望んだ時、等しく平和が約束されるならこの地を明け渡す、しかし約束されなければ、別の国としてこの地を守れ、そう頼まれた
だから蝦夷はここを守る義務が有るだけで、大和だからという意思は持たない、神の土地を武力で侵す者は全て許さない』
そういった阿弖流為の言葉が頭から離れない
同じような話を下男の年寄りから聞いたことがあったのだ
都に帰ったら詳しく調べてみようと思っていた
阿弖流為はあの夜田村麻呂に話さない事があった
KATANAの事だ
「やつかのつるぎ」がこの日高見の何処かに有ることは言わなかった
田村麻呂は信じられる人物だと思ったが、所詮大和の役人、帝や貴族の言う事を聴かなければならない立場と分かっていた
言い伝えでは、兄神は先に地上に降り立ち弟神が日の本を治めた時、十種の神寶を弟神に渡し、対等で
平和な地上にする為 共に努めようと思っていたが
弟神が先にお亡くなりになり、戦が起こった
兄神は人間達が神になろうと、愚かな殺し合いをするのを避けるため息子神に神寶の中の「やつかのつるぎ」をこの地の何処かに隠させた
『人間の世ではKATANAを差し出すは降参の意、
またこのKATANAは神の子孫が持つもの、むやみな人間の手に渡してはならぬ、其の為我亡き後もこの地の行く末を見守ってくれ』そう仰った
だからお供の神達はこの地を離れず、信じられる人間と睦み、子孫を残してきた
阿弖流為もマナもKATANAの為に選ばれし者だったそして親達に「生きろ」と言われた者達も皆、神に選ばれし者達だったのだ
秋の土用が始まった
かか様は冬の蓄えをいつもの年より入念に始めた
土用が終わるとかか様とばば様の為に、薬草庫と武器庫を兼ねた大きな離れが造られた
母屋は春から阿弖流為とマナに譲られる事になった
節分会が終わり春が来たその夜、初夜の白装束で
阿弖流為とマナは母屋の寝所に居た
燭台のほのかな灯りの中で阿弖流為は
「もう銀の簪はつけるな」
と言った
「でも これはかか様が」
そう言うマナの髪から抜き取った
「わしが必ずお前を守る、その証だ」
そう言って薄灯りの燭台の芯に投げ 消した
「わしと共に蝦夷を守ってくれ」
闇の中で阿弖流為はマナを抱きしめてそう言った
「はい…」
そう言って マナは阿弖流為に従った
かか様はサクに桜の皮の貼られた小箱を作らせた
自分の銀の狐の面を磨き、刺子の布で包み その箱に入れ、婚礼の宴でマナに渡した
「これからは2人でこの地を守ってくれ」
とかか様が言うとすかさず翁ばばになったばば様が
「いや、子が先じゃぞ!ばばの目の黒い内に頼む」
と真面目な顔でいい、みんな笑った
やがて、梅も桃も桜も一斉に膨らみ出して、
東北の遅い春が日高見にもやって来た
若者達は外に出て、騎射の訓練や 槍、太刀、弓
組み合いの稽古を盛んに始め、皆ひと回り大きく逞しくなっていった
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます