第1章その7

大伴弟麻呂は息子を殺されて戦意を失い、兵を連れて大和に帰って行った

田村麻呂の軍だけが残ったが攻めては来なかった

ある夜 白い馬に乗り1人の従者だけを連れ、

田村麻呂は日高見の砦に向かって来た

見張りが『田村麻呂が来た』と館に知らせ、

阿弖流為は砦に出向いた

「私1人と話したいと言ったので会いに来た、

武器は持っておらぬ」

阿弖流為は面を外し微笑みながら

「入れ、豪胆だな お前」

と言い、館まで通した

田村麻呂は太刀すらつけていなかった

お互い本気で話をするつもりだと分かった

阿弖流為はかか様を頭として紹介して、酒を酌み交わしながら朝が来るまで色々な話をした


「阿弖流為、嫁を取れ」

朝日を見ながら かか様は唐突に言った

「なんだよ、かか、急に…」

阿弖流為は驚いた、かか様は

「かかが頭では駄目だ、かと言って独り身のお前では跡継ぎが無く頭になれない、マナを嫁にしろ、

お前も頭になる覚悟があるなら マナを嫁にする覚悟をしろ」

そう言って阿弖流為と田村麻呂が残した白い酒を

一気に飲み干した


藤族のフカは幼い頃 とと様に助けられ仲間と共に胆沢の地にやって来た

優しく穏やかで賢いフカにとと様は

「お前は多分阿弖流為と同じ年頃、わしが居なくなっても やつをずっと助けてやってくれ」

と頼んでいた

フカはいつも阿弖流為の兄のように寄り添い、見守り気遣っていた

ゆくゆくは頭になるであろう阿弖流為の役に立つ事が、助けてくれたとと様への恩返しだと思っていた

ある日 阿弖流為から相談を受けた

「かかがマナを嫁にしろと言うんだ、どう思う?」

フカはちょっとドキっとした

自分が嫁にしたいと思っていたからだ

しかしその話を聞いた時からフカは覚悟を決めた

『とと様が言った様に、阿弖流為と 自分が惚れたマナが立派な蝦夷のとと様とかか様になれる様に

支えるのが きっと自分の使命なんだ、マナの事も阿弖流為の妻として支えてやる事の出来る男になろう』と心に決めた

「あの子は凄いぞ、まだ来て間もないのに皆が頼りにしているし、幼い子供達からも慕われている、

戦いも出来る、かか様は見抜いていたんだなぁ

かか様が凄いよ、だからかか様なんだな!」

「そうなのか?わしはちっとも気づかなかったが」

「お前鈍感だからな ははははは」

そう言って『俺の気持ちにも気付いて無かったな』と思って少し安心した


山の木々が赤くなり、葉を落とし始めた頃

かか様は各部族長を集め

「もうじき冬が来る、大和は雪の間 いくさを仕掛けて来ないだろうが、春には大いくさが有ると覚悟して鍛錬を怠るな!」

と檄を飛ばした

阿弖流為、フカ、リヨウ、ミヤ、ショウ、サク、コオ、クロの各部族長が立ち上がって

「ウオー!」

と返事をした

「それと、新しい春から阿弖流為はマナとめおとになり、頭を継ぐ、わしは隠居のばばじゃ、ばば様は翁ばば様だ」

皆が立ったまま一斉にフカを見た

みんなフカの気持ちを知っていたのだ

阿弖流為はその時初めて分かった

皆が解散した後、2人は蓮沼に居た

「いいのか? わしはやはり鈍感だな…」

「いいも悪いもあるか! マナ以外にかか様を継げる女が居るか?お前がマナを嫌いなら別だがな」

「いや嫌いじゃない!確かに凄いし皆に優しい」

「だろ?お前みたいな鈍感にはああいった強いのに優しい女がいいんだよ」

「フカは本当にそれでいいのか?」

「当たり前だ、お前は蝦夷の頭、とと様になる男なんだからな、ほんとに嬉しいんだ、俺が凄いと思ってたマナが選ばれて…

2人を支えて行くからな、とと様と約束したんだ、

阿弖流為の助けになるって…」

フカは相談されたあの日、蓮沼に自分の恋心を沈めて龍神に『必ず阿弖流為を支える』と誓っていた


かか様はマナにも気持ちを聞いていた

マナは異存ないと言った

桜族の村が焼き払われた時、マナは死ぬ気でこの地を守ると言ったが、両親は

「この戦いでお前を死なせる訳にはいかない、蝦夷のかか様のところに行き、全てかか様の意思に従え、生きてこの地を守るんだ、タオも頼む、2人共生きろ!」

そう言われていたのだ

かか様は自分の銀の簪をマナに挿し

「これからは男達といくさに出ろ、阿弖流為を頼む

しかし子も産んでくれ、金の狼族は何故かほとんど男が生まれる、強い子を産み この地を守る子を残してくれ、それがお前のトトやカカがお前を生かした意味だ、春までに一人前のかかにする、覚悟しろ容易くないぞ」

強いかか様の強い口調だがマナも負けてはいなかった

「はい、覚悟のうえです、宜しくお願いします」

深く下げた頭にかか様の挿した銀の簪が光っていた

                  つづく





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