第1章 その5

阿弖流為は向かってくる大和の兵を見ながら、仕方なく手をあげて合図をした

それを見た橙族のコオが指笛を吹くと、

山側から沢山の猪が土煙とともに、大和の兵に向かって突進してきた

兵達が乱れている中、クロは奥に居る大将が、桜族の焼き討ちにいた大将だと気づいた

「サク、中央の緋縅の兜が桜族を焼き討ちにした時の大将だ、俺の肩に乗れ、騎射で射(う)て、一度で仕留めろ、時は今なのかもしれない」

サクを乗せてクロの馬は引き返した

サクはつぼみの手綱を離し、クロの肩で騎射の態勢をとって緋縅の兜を狙った

「やめろ!射つな!」

阿弖流為は止まって怒鳴ったが、サクは無視して射て 見事に大将の胸に的中させ、大将は馬から落ちた

その緋縅の兜は弟麻呂の息子だった

その瞬間、弟麻呂軍は総攻撃をかけて来た

走る兵達と猪達で辺りは土煙の嵐の様だ

田村麻呂の兵は弟麻呂の守護の為陣深くで動かなかった、和議の為何があっても弟麻呂から離れるなと言われていたのだ

田村麻呂は前線で1人 兵達を止めようとしたが、若君を殺された副将達の勢いは止まらず、静止の声は最早何の役にも立たず、

駄目だ、始まってしまう…

田村麻呂は心のなかで呟いていた

阿弖流為は再び手を上げ、左右に合図をするしか無くなっていた

砦から合図を見たリヨウは、ショウに作戦を馬に伝えるよう言った

ショウの唄う様な美しい声が大地に響いた

各隊の馬達は耳をそばだて一斉に動き出した、と同時にコオが指笛で猪達を引き上げさせた 


大地の土煙が少し落ち着き、前が見渡せる様になった弟麻呂の兵達は驚いた

目の前には、いつの間にか面をつけた蝦夷の大軍がいた

馬に乗っているのは色の着いた面の阿弖流為、サク、クロ、それに深い紫の雉の面のフカ、深紅の猩々の面のミヤ、橙色の猪の面のコオ、それぞれの後ろには木の面の部隊が立っていた

クロには部隊が無いので、かか様の狐隊の精鋭の女が何人か付いていた

大和の兵達に蝦夷の大軍を見せたところで

阿弖流為はまた手を上げ、今度はグルグルと回した

ショウの唄う声が響き、馬達は一斉に引き返し始め、部下達も左右に分かれながら走って戻り始めた

と、弟麻呂の兵達は、蝦夷が恐れをなして逃げ帰ると思い 走って追いかけてきた

阿弖流為は兵達が日高見の領内に入るまで戦ってはいけないと皆に言ってあったのだ

コオの隊とミヤの隊は山側の雑木林に消えフカの隊とゲンが指揮する青龍隊は砦の前で銀狐の面のかか様、そして狐隊と一体になった

阿弖流為は兵達が日高見深く入った所で又手を上げ、サク、クロの隊を止め、前を向き大和の兵達と対峙した

山側の隊を呼ぶように左手で招く仕草をすると、ショウの声が響き、コオとミヤの隊が日高見の領地に蓋をするように領内の大和兵を 後から追ってきた部隊と分けるように間に入り、中に閉じ込めた

と同時にフカの隊とゲンの隊が川沿いからコオとミヤの隊よりも大和兵側に並び、これ以上領内に入れないよう一斉に弓を構え迎え撃つ態勢を取った

大和兵は完全に2つに分けられ、中の兵達は砦側と山側から攻撃され川に逃げるしかなくなった

足場の悪い川の中で、水を吸って重くなった戦支度が戦いの邪魔をして、逃げるのが精一杯になった

勝敗は歴然だった

見定めた阿弖流為はショウに引き上げの唄を唄わせ、引き返し始めた

フカとゲンの隊も大和兵を見据えなが最後に砦に戻った

交代でかか様とマナと女達の荷車隊が大地に出た

負傷した蝦夷の手当てをして荷車に乗せた

そして大和兵の亡き骸と負傷兵を領地の外に出した

そして馬と武器は頂いた、それは少しでも大和の戦力を削ぎ 神の大地を守る為だったが、大和には略奪行為と言われていた

右往左往しながら戻る弟麻呂の兵達を見て

「愚かな事を…やはり蝦夷とまともに戦うべきではない…」

田村麻呂はひとり呟いていた

                  つづく



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