第9章 崩壊の序曲
「目的…?」
「ええ。システムをダウンさせること? 顧客情報を盗むこと? それとも、単なる愉快犯?」朧月は、一つ一つ問いかけながら、影山の反応を窺う。
「もしシステムダウンそのものが目的なら、もっと単純で確実な方法があるはずです。わざわざ『禁断のコマンド』のような、発覚リスクの高い手段を使う必要はない。
もし顧客情報が目的なら、もっと隠密に行動し、ログの改ざんや監視カメラへの細工など、捜査の進展を招くような痕跡は残さないでしょう」
朧月の言葉は、理路整然としており、反論の余地を与えない。
「この一連の不自然な工作は…まるで、内部の人間が、自分の犯行を隠蔽するために、必死に外部犯行に見せかけようとしている…そうは思えませんか?」
「…そ、それは、あなたの憶測に過ぎない」
影山は、思わず声を荒らげた。
(…言い過ぎたか?!)
影山は、すぐに口を閉ざした。
「憶測ではありません」朧月は静かに首を振った。「状況証拠が、そう物語っているのです。不審な人影、細工された監視カメラ映像、そして、内部の人間…それも高度な権限を持つ者にしか実行できないはずのコマンド…。これら全てが、同じ方向を指し示している」
朧月は、ゆっくりと影山に歩み寄った。その距離が縮まるにつれて、影山の心臓の鼓動は、さらに早くなる。
「そして、影山さん。あなたは、事件発生当初から、一貫して外部犯行説を主張し続けている。まるで、捜査の目を内部から逸らそうとしているかのように…」
朧月の目は、影山の心の奥底まで見透かそうとしているかのようだった。
「…違います!」
影山は、反射的に否定した。「私は、セキュリティ担当として、客観的な事実に基づいて可能性を追求しているだけです!」
「客観的な事実、ですか…」朧月は、小さく息を吐いた。「では、その客観的な事実について、もう少し詳しくお聞きしましょうか。青山くん、昨夜のビル全体の入退館記録と、ネットワークアクセスログの照合結果は出ましたか?」
「はい」青山は、素早くキーボードを操作し、新たな情報をスクリーンに表示した。青山の指が止まり、スクリーンに映し出された名前を読み上げる。
「昨夜、このビルに最後まで残っていたのは…影山さん、あなた一人だけのようです」
会議室が、しんと静まり返った。先ほどまでのざわめきが嘘のように消え、社員たちの視線が、突き刺さるように一斉に影山に集まる。黒川も、目を見開き、影山の方を見ている。
朧月は黒川を見て言った。
「黒川さん、あなた、昨夜、影山さんがこのビルに最後まで残っていたのをご存じでしたか?」
「わ、私は知らない…!」
黒川はうろたえた。
「そうですか」
朧月は言った。
影山は、奥歯をギリリと噛み締めた。全身の血が逆流するような感覚に襲われる。
(…まずい…! アリバイがないことが露呈した…! )
朧月は、他の社員たちの反応には目もくれず、ただじっと、影山を見据えたまま続けた。その目は、もはや逃げ場はないと告げているかのようだ。
「影山さん。あなたのIDカードによるサーバールームへの入室記録は、確かにありませんでした。しかし…」
青山が、さらに別のログデータを表示する。
「システムログの解析により、昨夜23時08分頃、入退室管理システムのログデータに対して、管理者権限でのアクセスおよび削除操作が行われた痕跡が確認されました。」
冷たく、動かしがたい事実が、スクリーンに映し出されている。
影山の全身から、血の気が引いていくのが分かった。額に、再び脂汗が滲み出す。指先が、カタカタと震えを抑えきれずにいる。もう、周囲の視線を気にする余裕すらなかった。
状況証拠は、完全に影山を犯人だと示していた。ログの削除、最後の退館者、禁断のコマンド、全てが、一本の線で繋がった。
朧月は、そんな影山の様子を、冷徹な目で見つめている。
「影山さん。あなたは、昨夜23時頃、サーバールームに不正に侵入し、システムダウンを引き起こすプログラムを設置した。そして、その痕跡を消すために、監視カメラ映像に細工をし、各種ログを改ざんした。…違いますか?」
静かだが、有無を言わせぬ、断定的な口調。
会議室の誰もが、息を呑んで、影山の答えを待っている。
影山は、俯き、唇を固く結んだまま、動けなかった。床の一点を見つめるしかできない。
完全な沈黙が、重く、会議室を支配する。
ただ、プロジェクターのファンの回る低い音だけが、やけに大きく響いていた。
その沈黙を破ったのは、影山だった。 彼は、ゆっくりと俯いていた顔を上げ、射抜くような視線で朧月を睨みつけた。震えはまだ残っているが、その目には必死の抵抗の色が宿っている。
「……刑事さん」
絞り出すような、低い声だった。
「それは…あまりにも強引な決めつけではありませんか?」
影山は、一度言葉を切り、乾いた唇を舐めた。
「確かに…私が最後に退館したのかもしれない。ログを操作した…? その痕跡があるというのも、…仮にそれが事実だとしても、それが何だと言うんです?」
語気を強め、影山は続けた。
「私が! サーバールームに入って! システムダウンを引き起こしたという!!…直接的な証拠は、どこにあるんですか!? 何もないじゃないですか!!」
影山は、テーブルを軽く叩いた。
「最後に残っていたから? ログ操作の痕跡があったから? そんな状況証拠を都合よく繋ぎ合わせて、私を犯人だと決めつけるのは、あまりにも乱暴だ! 憶測だけで話を進めないでいただきたい!」
影山は、荒い息をつきながら、再び朧月を睨みつけた。
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