第17話 付き合ってないよ。友達

◇◇ 8月31日 14時 家


 俺は百花のおばあちゃんに家の前まで送ってもらった。


 家に入るとリビングに瑞樹が居た。


「モモちゃん、行っちゃった?」


「ああ」


「そっかあ……お兄ちゃん、大丈夫?」


「大丈夫だって。百花はすぐ連絡くれるって言ってたし」


「そうだよね。モモちゃんだもんね。ところで……」


「何だ?」


「明日から学校だよ。準備できてる?」


「そうだった……」


 準備は全く出来ていなかった。


 そうか、夏休みは今日で終わりだ。


◇◇◇


 明日の準備を進めていると、百花からメッセージが届いた。


百花『無事到着!』


 自撮りはこれたぶんトイレで撮ってるな。まったく……


真人『明日はMV撮影だろ? 今日はゆっくりしておけよ』


百花『うん。久しぶりに家に帰るよ』


 そういえば、百花の東京の家の話はしたことが無かったな。


真人『一人暮らしか?』


百花『そうだよ。真人君にも部屋は見せられないかな』


真人『きっと汚いんだろ』


百花『汚くないし! 整理整頓してないだけ』


 やっぱり、散らかっているようだ。



 それからは百花からの実況とも言えるメッセージが多数送られてきた。こうなると百花が今何をしているかが手に取るように分かった。


百花『こんな感じでこれからもメッセージ送るけど、真人君からも送って欲しいな』


真人『わかったよ』


百花『忙しくなると私からはなかなか遅れなくなるし』


 確かにそうだな。今まではあまりメッセージなんて送って事無かったけど、これからは毎日送るようにしよう。


◇◇ 8月31日 22時 家


 夜。落ち着くと百花から通話がかかってきた。ビデオ通話だ。


『真人、百花だよー。見える?』


「ああ、見えてるぞ」


『これなら寂しくないよね』


「そうだな」


『毎日これやろうよ』


「いいぞ」


『じゃあ、約束ね。疲れて短い時間になることもあると思うけど』


「無理せずやれば良いよ」


『うん……あーあ、明日からはアイドル復帰かぁ』


「いやなのか?」


『嫌じゃ無いけど、大変だなあって。真人も明日から学校でしょ? あーあ、って気分じゃ無い?』


「まあ、そうだな。でも、嫌じゃ無い」


『それと同じだよ』


「そういえば百花は学校は?」


『そうだった。明後日は行かなきゃ!』


「ちゃんと卒業しろよ」


『分かってる! あ、明後日は生で歌番組出るから。見てね!』


「そうなんだ。分かったよ」


『真人のために踊るから!』


 そうじゃないと百花は踊れないしな。


◇◇ 9月1日 8時20分 学校


 翌日。二学期が始まった。俺は久しぶりの学校に登校し、友人達と夏休みに何があったかを話していた。


「そういえば、シュガーライズのモモがこの辺に来てたらしいぞ」


 クラスメイトが言う。


「へー、そうなんだ」


 もちろん、俺は知らないフリをした。


「見たってやつが何人か居るよな」


 他の男子が会話に入ってきた。百花のやつ、気づかれてたじゃないか。


「めちゃくちゃ可愛かったって言ってたな」


「へぇー……」


 俺は興味が無い振りをした。


「グラッツェにミキと一緒に居たって話もあるな」


「は?」


 あのときのことが見られてたのかよ。


「福田、グラッツェでバイトしてるんだろ? 見なかったのかよ?」


「お、俺は、モモとかミキとか、分からないし……」


「まあ、福田はそうだよな。じゃあ、気がつくわけ無いか。もったいないなあ」


「アハハ」


 なんとかごまかせた。



◇◇ 9月1日 9時 東京


 私、坂山百花は久しぶりにシュガーライズのメンバーの前に居た。


「みんな、ごめん! 心配掛けて」


「ほんとだよ」

「でも、帰ってきて良かった」

「お帰り、モモ」


 みんなが温かい声を掛けてくれる。ミキも微笑んでいた。

 だけど、リーダーのツバキが言う。


「モモ、あなたの問題はあなただけのものじゃないから。シュガーライズ全体に関わってくるのよ」


「う、うん……」


「だから相談して。仲間なんだから。何でも話してよ」


「ごめん、ツバキ。これからはそうする。じゃあ、終わったら、みんなでどこか行こうか」


「そうね。休んでる間の話、聞かせてもらうわ」


「……うん。わかった」


 みんなには全て話しておいた方が良いだろう。


「それで、今日は大丈夫なのね?」


「うん……大丈夫、だと思う」


「わかった。じゃあ、頑張ろう」


 ツバキが言ってくれた。リーダーのツバキは同じ熊本出身。地元に居るときから有名人で、私からすると雲の上の存在。だから、なかなか相談も出来なかった。でも、これからはちゃんとしていこう。


 私たちはスタジオに入った。後でCGが入る緑の背景を背にポジションに着く。


「それじゃあ、行きまーす、3,2,1……」


 音楽が鳴り始める。私は踊り始めた。でも一瞬、体が硬くなる。


(真人……)


 真人を思い浮かべると、体は思うように動いてくれた。


「はい、ストップ」


 だが撮影が止まった。私のせいだろうか。


「ミキ、振り間違ってたよ」


 梅原マネが言う。


「す、すみません!」


「もう一回最初から」


「はい!」


 また最初のポジションに着く。その途中、梅原マネが私に言った。


「モモ」


「はい……」


「振り入れ、完璧みたいね」


「ありがとうございます」


 真人と一緒にやった新曲の振り入れ。忘れるわけは無かった。


(真人、ありがとう)


 心の中でつぶやいた。


◇◇ 9月1日 21時 東京


「お疲れ!」

「お疲れ様!」


 シュガーライズのメンバーだけで、すぐ近くの個室レストランに来ていた。ここはいつも使う場所だ。


 MV撮影が順調に終わり、私たちは打ち上げと称してきていたけど、目的は明らか。私の話を聞くためだ。


「それじゃ、話してもらおうかな」


 ツバキが言う。


「うん……実は私、踊れなくなってたんだ」


「え!?」


 みんなが驚く。私はなぜ休んでいたのか、そしてもう辞めようと思ったこと。でも、真人のおかげで踊れるようになったことを正直に話した。


「その真人君って子のおかげなんだ」


 メンバーの一人、マリーが言う。


「うん……」


「まさか、付き合ってる?」


「付き合ってないよ。友達」


「でも……好きなんじゃないの?」


「まあ、そうだね」


「やばっ……うちら、恋愛禁止だよ?」


 メンバー間に沈黙が下りた。


「だから付き合ってないから。辞めたら付き合おうっては言ってるけど、今は友達だって」


「でもねえ。ツバキどう思う?」


 マリーがリーダーのツバキに尋ねた。


「……モモはアイドルとしてちゃんと筋を通してる。だったら私が何も言うこととは無いわ」


 ツバキがはっきり言った。


「ツバキ……ありがとう」


「でも、ちゃんと隠しなさいよ」


「わかった」


「まあ、ツバキがそう言うなら、それでいいよ。でも、ちょっとうらやましいなあ。私もそういう子、居ればなあ」


「あれ? マリーにも幼馴染みの子、居なかったっけ?」


「う、うるさいなあ」


「なになに? その話聞かせて!」


「もう……バレちゃったじゃない」


 みんなは盛り上がり始めた。そんな中、ツバキが私の隣に来た。


「モモ、きつかったね」


「ツバキ、ありがとう」


「でも、うらやましいわね」


「ツバキまで言うの?」


「だって……私はあきらめて東京出てきちゃったから」


「え? ツバキにも思い人が居たの?」


「……昔の話よ」


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