第15話 キャンセルは受け付けないから

 百花と坂を上がり、駐車場まで来た。自販機に進む。


「俺はコーラだけど、百花はスコールか?」


「もちろん! 最後のスコールを味わうよ」


「そうか」


 俺たちは飲み物を買って再び坂を下りた。

 ベンチに座り、飲み物を飲み出す。


「はー、美味しい」


「だよな」


「真人も飲む?」


 百花が俺にスコールのペットボトルを差し出す。


「え、でも……」


「まさか間接キスとか気にしてないよね?」


「いや……その……」


「アハハ、未来の彼氏がそんなの気にしちゃダメでしょ。ほら」


「お、おう」


 俺はスコールを飲んだ。


「やっぱり美味いな」


「でしょ? 私、大好きなんだ」


 百花もスコールを飲んだ。


「暑いけど……暗くなるまで肩貸してもらっていい?」


「いいぞ」


 百花は頭を俺の方にもたれかかってきた。


「真人……ごめんね」


「何が?」


「東京に行っちゃうこと」


「それが百花のやりたいことだろ?」


「うん、そうだけど。未来の彼氏とか言って、真人を束縛しちゃうことになるし」


「束縛なんかじゃないよ。俺だって、それを望んでるんだから」


「そっか……」


「応援してるからな」


「うん。でも、別に完全に離ればなれになるわけじゃ無いし。毎日、通話しようよ」


「いいぞ」


「メッセージも頻繁に送るから。真人も送ってよ?」


「分かった。送るよ」


「どうでもいいことで、いいからね。そういうのが嬉しいんだから」


「そうだな」


「あ、写真も送ってよね。自撮り!」


「自撮りかよ……ほとんどやったことないぞ」


「だったら……今やろう。二人で撮ろうよ」


「いや、ダメだろ。流出したらクビだぞ」


「流出なんてしないもん。二人だけの秘密なんだからさ」


「はぁ……わかったよ、お、おい!」


 百花は頬を俺にくっつけて写真を撮った。


「私のこと、信じられなくなったら、これを見て。私は真人が大好きだってことが思い出せるから」


「……そうだな」



 やがて、周りが暗くなってきた。


「そろそろ花火、やろっか」


「よし、やるぞ」


「でも、打ち上げとか派手なやつはやめてよ」


「だな、見つかるとまずいし。手で持つやつだけだ」


「あ、これ、派手に燃えそう」


「燃えそうって何だよ」


「じゃあ、炎上で」


「炎上しちゃダメだろ。アイドルなんだから」


「アハハ、そうだった、そうだった。私、アイドルだったか」


「そうだぞ、まったく……」


 そんなことを言いながら花火を始めた。


「うわー、綺麗!」


「こっちも派手だ」


 俺たちは次々に花火に火を付けていく。


 そして、最後は線香花火が残った。


「私、線香花火はあんまり好きじゃないな。なんか寂しいもん」


「そうだな。でも、俺は好きだぞ。綺麗だし」


「まあ、それは認めるけど。やろっか」


 俺と百花は線香花火に火を付けた。


「あ、落ちた!」


 百花の方が早めに火が消えてしまう。


「俺もだ」


 俺のが落ちたとき、花火大会は終わった。周りはもう結構暗くなっていた。


「そろそろ帰るか……送るよ」


「うん……ねえ、真人」


「え?」


 俺が振り向いたときだった。百花は俺にキスをしてきた。


「ん……」

「んん……」


 俺たちはキスをし続けた。


「ぷは……」


 ようやく、百花が俺を離した。


「おい……まだ友達じゃなかったのか?」


「そうだよ。友達」


「だったら――」


「これは予約だから」


「予約?」


「そう。恋人予約の申し込み。キャンセルは受け付けないからね」


「……わかったよ。じゃあ、その予約、俺からもしていいか?」


「……いいよ」


 俺たちは再びキスをした。




◇◇ 8月30日 19時30分 百花のおばあちゃん家


 もう暗くなっていたし、俺は百花を家まで送ることにした。


「ここだよ」


「本当にグラッツェのすぐ近くだな」


「でしょ、すごい偶然だよね」


「だな」


 そう言って百花を見ると、百花は俺から目をそらした。


「百花、どうした?」


「なんでもない……ただ、ちょっと恥ずかしくなっただけ」


「恥ずかしい?」


「うん……だって、さっき……あんなことしちゃったし」


「そ、そうだな」


「なんか調子に乗ってつい……まだ友達なのに、あんな……」


 百花の顔は真っ赤になっていた。


「でも、俺は嬉しかったよ」


「私も。これで頑張れる」


「そうか」


「帰ったら、またしようね」


「あ、ああ……じゃあ、頑張れよ」


「うん」


 そのときだった。


「百花、帰ってきたの? あら? その人は?」


 大人の女性が家から現れた。


「おばあちゃん!」


 この人が百花のおばあちゃんか。おばあちゃん、という言葉で俺がイメージしていたよりもかなり若いけど。でも、挨拶しておいた方が良いな。


「は、はじめまして。百花さんの友達の福田真人といいます」


「あら、そう。せっかくだから家に上がっていったら? ちょうど梨をいただいたのよ」


「おばあちゃん! 真人君は忙しいから!」


「そうなの? でも、百花の大事な人じゃないの? だったら、私にも紹介してくれないと」


「う……」


「だったら、お邪魔します」


 俺は覚悟を決めた。


◇◇◇


 家に入り、百花とともにリビングのテーブルのそばに座る。

 おばあちゃんが梨を切って持ってきた。


「さあ、どうぞ」


「いただきます」


 俺は梨を爪楊枝に刺し、食べた。


「美味しいです」


「そう……よかったわ。それで、あなたは百花の彼氏なの?」


「違います。今は……」


「今は?」


「はい。百花さんはアイドルですし、付き合うことは出来ません」


「そんなことはないでしょ。百花だって、アイドルの前に人間なんだから」


「おばあちゃん! アイドルは恋愛できないって言ったでしょ?」


「でも、百花は恋愛してるんじゃないの?」


「う……でも、友達だし! アイドル辞めてから付き合うって決めてるから」


「そうなの。じゃあ、まだ友達なのね?」


「うん」


「じゃあ、まさかキスとかしてないわよね?」


「……」


「あら、そうなの」


「おばあちゃん、内緒にして」


「分かってるわよ。でも、そういうことなら確認しておくわ。真人君は百花のことを大事に思ってる?」


「はい、すごく大事です」


「そう。なら、いいじゃない。自分たちの中でそういう関係なら良いのよ」


「うん……」


「真人君、明日、百花は東京に行くのよ?」


「はい、知ってます」


「そう。じゃあ、見送りに行く?」


「出来れば行きたいですけど……」


「そう。じゃあ、明日10時半にここに来て。私が百花を車で乗せていくから、一緒に行きましょう」


「はい、わかりました」


「おばあちゃん……ありがとう」


「いいのよ。百花の大事な人なんだから当然でしょ?」


「うん……」


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