第14話 私、上手く踊れたかな?

◇◇ 8月30日 9時30分 海水浴場


 今日も俺はバイトだ。だが、その前に一仕事ある。

 いつものように海水浴場にやってきた俺はベンチに座る百花の横に腰を下ろした。


「おはよう、百花」


「おはよう……」


「緊張してるのか?」


「うん……歌番組より緊張してる」


「マジかよ。今日の舞台は公民館だぞ」


 このあと、瑞樹の友達が集まって百花のダンスを見てもらう。そのための場所として、公民館を借りたのだ。


「でも……踊れなかったらどうしよう」


「大丈夫だって。そのときは俺のことを考えてくれ」


「う、うん。真人のこと、考えるね。今日は真人のために踊るから」


「ああ」


「よし、行くか」


「うん」


 俺たちは坂を上り駐車場から自転車に乗った。


 公民館は少しグラッツェから離れている。俺と百花はそちらに向かった。俺は百花を公民館に送ったらすぐグラッツェに向かう予定だ。公民館は俺の名前で予約してるし。


 公民館に着くと、受付で鍵をもらい、会場となるホールの扉を開けた。

 小さいホールだ。ステージもたいした高さが無い。


「シュガーライズのモモとしては不満だろうけど、今日はここで我慢してくれ」


「何言ってるのよ。私には大きいわ」


「リハーサル、しておくか」


「うん」


 百花はスマホから曲を鳴らし、踊り始めた。


「……曲はスピーカーにつなげた方がいいんじゃないか?」


「それはそうだね」


「少し待ってろ」


 俺は公民館の職員さんに聞き、なんとかスマホの音楽をスピーカーに出せるようにした。


 そんなことをしているうちに、瑞樹が来た。


「モモちゃん、おはようございます!」


「おはよう、瑞樹ちゃん」


「今日はよろしくお願いします」


「私こそ、よろしくね」


「瑞樹、あとは頼むぞ」


「もう行くの?」


「ああ。バイトだしな」


 それに俺がすぐ近くに居ない状態で踊れないといけないのだ。


「真人君……」


 百花が不安そうに俺のそばに来た。


「百花、大丈夫だよ」


「うん……私、頑張るよ」


「頑張れよ。じゃあな」


「うん、真人君もバイト頑張って」


「おう!」


 俺はバイト先に向かった。



◇◇ 8月30日 11時00分 公民館


 ステージの裏で私は緊張しながら始まるのを待っていた。


「おい、ほんとにモモが来るのかよ」


「来るよ! ていうか、裏に居るから」


「ほんとかよ」


 瑞樹ちゃんがそこに居る友達をなだめている声が聞こえてきた。


「それじゃあ、登場してもらいましょう! シュガーライズのモモちゃんです!」


 音楽が鳴り出す。私はステージに飛び出した。



「うおー!」

「本物だー!」

「すげー!」


 ステージ下に居たのは10人ほど。今まで経験したライブとは比べものにならない少なさだけど、それでも私は緊張していた。


(ちゃんと踊れるだろうか)


 その不安が頭をよぎったとき、私は真人君を頭に思い浮かべた。


(彼のために踊る!)


 私は遠くにいる彼を思い浮かべ踊り始めた。


◇◇◇


「うわー!」

「最高!」

「モモー!」


 気がついたら曲が終わっていた。私が前を向くと、観客は総立ちで拍手をしている。


「瑞樹ちゃん! 私……上手く踊れたかな?」


「うん! 完璧!」


「そっか……」


 確かに私は踊れたようだ。

 これで、シュガーライズに戻れる。でも、それは真人君との別れを意味していた。



◇◇ 8月30日 12時30分 グラッツェ


 今日もグラッツェはお客さんで一杯だ。あとはもうカウンターの隅が2席しか相手いない。そんなとき、また客が入ってきた。


「いらっしゃいま……なんだ、お前達か」


 入ってきたのは百花と瑞樹だった。


「なんだはないでしょ。空いてる?」


 百花が尋ねる。


「ちょうど2席空いてるぞ」


「ラッキー! 瑞樹ちゃん、座ろ」


「はい!」


 すっかり二人、仲良くなったな。


 俺はお冷やを持って行き、百花に尋ねる。


「上手くいったのか?」


「うん! 大丈夫!」


「そうか……」


「真人君のおかげだね」


「俺は何もしてない」


「そうだけどね。でも、真人君のおかげだよ」


「そうか……それで注文は?」


「ナポリタン!」

「私も!」



 二人がナポリタンを食べ終わり、会計に来た。


「真人君、いつもの場所で待ってるから」


 百花が小さい声で言う。


「わかった」


「じゃあ、後でね」


 百花と瑞樹は店を出て行った。



◇◇ 8月30日 15時30分 海水浴場


 バイトを終わり、俺は自転車で海水浴場に来ていた。

 駐車場には百花の自転車。俺は坂を下り、百花の元に向かった。


「よう」


「あ、真人君」


 海を眺めていた百花の横に俺は座った。


「……お疲れ様」


「ありがとう……ライブ、上手く行って良かったな」


「うん……」


 だけど、それは百花がアイドルに復帰するということだ。ということは、ここに居なくなるってことになる。


「東京に帰るのか?」


「帰るんじゃない。行くんだよ。明日の飛行機、もともと取ってたし」


 そう言えば、アイドルを辞めることを話すため、東京に行くと言っていたか。

 そのチケットはアイドルに戻るために使われることになったわけだ。


「何時だ?」


「13時」


「そうか……」


 百花の横にはなにやら大きめの袋があった。


「それは何だ?」


「あ、これ? ミキがおばあちゃん家に送ってきたやつ」


「は?」


 百花が袋から中身を取り出す。花火だ。


「今日の夜しかするチャンスが無いし、今日はこのままここに居ようよ」


「……そうだな。そうと決まれば、飲み物を買いに行くよ」


「私も行く!」


 俺たちは連れだって坂を登りだす。

 横に並んだ百花が俺の手をつかんだ。


「百花?」


「まだ付き合ってないけど、これぐらいはいいでしょ? 未来の彼氏なんだし」


「……そうだな」


 未来か。果たしてその未来は来るのだろうか。


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