第22話 不思議な壁


 さて俺の目の前にあるのは、大量の目のついた不気味な壁だ。

 目はまったく動かずに開いたままでちょっと怖い。


 間違いなくこの壁は、屋敷に潜む妖怪に関わるモノだろう。

 だが六紋さんたちやアゴヒゲ教師は、壁の目が見えていないっぽい。


「ええと。この壁に目がいっぱいある、ように見えるのだけど……」


 他の人が誰も視えてないので、ちょっと不安な声になってしまった。

 するとアゴヒゲが壁に近づき、マジマジと眺めた後に。


「見えねえな。汚れが目に見えるなんて落ちじゃないよな?」

「いやクッキリと目が……」


 壁に目があるのは間違いないがどうしよう。

 このまま主張し続けても信じてもらえないし、下手したら変な子に見られるのでは?


 いまなら見間違いで済ませることも可能かもしれない。

 するとアゴヒゲは裾から木の杭を取り出した。


 その杭は表面が墨文字のお経で埋め尽くされていて、間違いなく普通の杭ではない。


「これは『現妖の杭』だ。この杭で打ち込んだモノが妖怪ならば、その正体を現させる」


 そんな代物があるなら、手あたり次第に打ちまくればいいのでは?


「だが一度限りの使い切りな上に高価でな。ほぼ確実に妖怪が化けていると思わなければ、そうそう使わない代物だ」

「高価っておいくらですか?」

「成人男性の月給くらいだ」


 そ、そんな高価なモノだと連打は無理だな……。


「正体を隠した妖怪はわからない。何故なら現世に存在しないからだ。例えばこの壁が妖怪だとしても、今のこの壁は普通の壁でしかない。夜に意思を持って動かなければ、これは普通の壁でしかないんだ。つまり目なんて見えるわけがない」

「……」

「だが本当に壁に目が見えたならば、この杭を使う価値はある。もう一度確認するぞ。本当なんだな?」


 アゴヒゲは俺を正面から睨んでくる。

 すごい威圧感だ。でも俺は決して嘘をついていない。


「わかった。なら試してやる。厭離穢土おんりえどの杭よ、そのあざなにて妖を現せ!」


 アゴヒゲは杭を壁へと打ち付けた。

 すると杭の文字たちが蟲のように蠢いて、壁へと移っていき。


 グラグラグラグラグラ!!!!!!

 強烈な地響きが起きて、思わず俺は地面にへたりこんでしまった。


「っ! 二条楓を舐めないでもらえるかしら!」


 二条さんはフワリと宙に浮いて体勢を整えて、


「わー」


 猫飼さんは床をコロコロと転がっていき、


「きゃあ!? い、家が揺れてる!?」


 六紋さんは悲鳴をあげながら、床に足を陥没させて立っている。

 ……え、すご!? なにそのゴリ押しパワー。


「おい! ひとまず家を出るぞ!」


 アゴヒゲに言われて俺たちは脱出しようとする。


「脱出」

「六紋さん! 九条蒼真は任せていいかしら!」


 猫飼さんは二足で走る猫に持ち上げられて、二条さんは華麗に宙を浮いて屋敷から出ていく。

 そして六紋さんはと言うと。


「わかった! 任せて!」


 俺を抱きかかえたまま、床を踏み貫いて外へと脱出した。

 わー、すごい。俺、お姫様抱っこされてて無様だけどな!


 門の外まで脱出した後、俺は無事に地面へ降ろされた。


「ありがとう、六紋さん。助かったよ」

「う、ううん。それはいいんだけれど……」


 六紋さんは僅かに怯えたような様子で俺を見ている。

 いや彼女だけではない。二条さんは俺を強く睨み、猫飼さんもジーと見つめてくる。


 な、なに? 

 困惑しているとアゴヒゲが大きくため息をついた。


「九条蒼真。お前は自分がやったことをわかっているのか?」

「と申しますと……?」

「お前はな。妖怪調査をすべてすっ飛ばして、目だけで妖怪を判別したんだ。本来なら熟練の祓魔師でも一週間は必要な工程を、一目だけで終わらせたんだ!」


 あー……そりゃ驚かれるか。

 ようはゲームの謎解きステージを、謎を解かずに答えてしまったようなものだ。


 どうやら聖魔法による目は、普通の祓魔師が見えないモノも視えてしまうらしい。

 でも俺はそんな大層な奴じゃないよ? いまだってお姫様抱っこで助けられてるし……。


 その瞬間、家が激しく蠢いた。


 そして家からなにかが飛び出してきた。

 壁だ。手足、そして数えきれないほどの大量の目を持っている。


 ――壁の全ての目が俺をギョロリと睨んだ。

 こ、こわっ!? マジで怖いんだけど!?


『出ていけ……この家はとっつあんの家だ……余所者は、殺してやる!!!!』


 壁が吠える。

 というかあの壁の妖怪って……。


 すると空中に文字が表示された。


===================

塗り壁


筋力:501

霊障:811

敏捷:3

器用:2

知力:120


スキル

霊障、再生、特殊耐性、地ならし

===================


「あれは塗り壁よ! 壁が妖怪となった存在!」


 二条さんが鉄扇を構えながら叫ぶ。

 そうだ、塗り壁だ! あいつが家を揺らしていたのか!


『とっつあんを返せ!!! 余所者は、死ねぇ!!!』


 塗り壁はさらに咆哮して、俺たちへと襲い掛かってくる!?

 ヤバイヤバイ急いで魔法を発動……。


「させない! 武装着霊、青龍偃月刀せいりゅうえんげつとう!」


 六紋さんが薙刀を出現させて、塗り壁の拳を防いでくれた。

 俺は慌ててその場から離れると。


「はあああああああ!!!」

『死ねえええぇぇぇぇぇ!!!』

 

 六紋さんの青龍偃月刀と、塗り壁の拳の応酬だ!

 まるで大砲の砲撃のような轟音が周囲に響き、空気が震える。


 え、すご。六紋さん、こんなに力があるの?

 餓鬼を倒せなかったのに?


「六紋は霊力が低い。だから霊障を破れず、妖怪にあまり傷をつけられない。だが純粋な腕力は極めて高いから、力なら当たり負けしないんだよ」


 アゴヒゲが札を指で挟みながら、六紋さんの戦いを観察している。

 敵の攻撃は受け止められるけど、ダメージは与えられないってことか。


「二条楓が倒す! 風切小刀かざきりのこがたな!」


 二条楓さんが投げた小刀が塗り壁に襲い掛かる。

 だが塗り壁に直撃する前に、見えないナニカに弾かれてしまった。


「塗り壁の霊障はかなり堅牢だ! 半端な攻撃は無意味だぞ!」


 どうやらあれも霊障らしい。

 本当にどう見てもバリアだろあれ。


「なら削っていけばいいわね」


 二条楓さんは小刀を乱れ投げる。小刀は塗り壁の周囲の地面に突き刺さった。

 すると塗り壁を囲むように、地面に六芒星の光が出現する。


「風よ、竜を象れ!」


 六芒星から竜巻が出現して、塗り壁を包み込んだ!?

 さらに二条さんは折り紙の鶴をバラまく。


「呪言の鶴よ、襲いなさい!」


 鶴たちは竜巻に呑まれると、まるで生きているかのように塗り壁を襲っていく。

 よく見れば鶴たちには、墨で大量の文字が書かれていた。


『なんだこの風はぁ! 邪魔だぁ!』


 塗り壁が竜巻に手を突き出すと、竜巻は大きく揺れ動く。

 どうやら物理攻撃も通用するようで、このままだと竜巻が散ってしまいそうだ。


「くっ……少しずつしか霊障を削れないわね……!」


 二条楓さんが歯噛みしながらも、なおも竜巻を操り続ける。

 だがあのままでは抜けられるのは時間の問題だろう。


「蒼真も攻撃しよ」


 猫飼さんがヒョコッと俺の側までやってきた。

 俺が言うのもなんなのだが。この子、まったく戦闘に加わってないような。


「えっと。猫飼さんは攻撃しないの?」

「半端な攻撃だと無理。切り札はあるから、使えと言われたら使うけど」

「おい猫飼! お前の切り札は使うなよ! 絶対だぞ! あれはマジでやめろ!」


 アゴヒゲが必死に叫び始めた。

 猫飼さんの切り札とはいったい……まあいいか。俺も攻撃しよ。


「ファイアアロー!」


 さっそく炎の矢を塗り壁に飛ばす。

 

『ふん! ただの炎なんぞ無意味だあああ!』


 塗り壁は回避しない。これなら赤鬼と同じだ。

 炎の矢は霊障で防がれずに、塗り壁に直撃して、


『な、なんだ? 霊障が防がない?』


 ……アッと言う間に炎が消えてしまい、塗り壁はノーダメージっぽい。

 え? なんで? 赤鬼も瞬殺した炎なのに……。


「炎は駄目」

「霊障は破ったが、そもそも塗り壁は土の壁だ! 炎なんぞ効かねえんだよ!」


 あ、本当だ! 塗り壁って火事対策の壁じゃん!

 そうか。霊障を破れたとしても、妖怪本体にダメージが入るかはまた別の話なのか。


 ええと。土の壁なら電気も効き目が薄そうだから……。


「ならこれはどうだ! ウインドバレット!」


 俺の放った風の弾丸は、塗り壁へと向かっていき。


『ぐ、ぐわあああああぁぁぁあぁぁぁあ!?』 


 どてっぱらに風穴を開けて、塗り壁は地面へと倒れる。


『すま、ねえ、とっつあん……家を、守れ、なかった……』


 そして塗り壁は身体が崩れて、土塊に変わってしまった。


《風魔法の熟練度が951上がりました》


 ステータス君の成長報告だけが、静かにこだまするのだった。

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