第7話 父上


 俺は八歳になった。

 母親に勉強を教えてもらった後、庭で魔法の練習を繰り返す毎日だ。


 ちなみに今のステータスはこんな感じ。


===================

九条 蒼真

男:8歳

状態:健康

MP 230/240


筋力:92

敏捷:91

器用:123

知力:522

魔法:112


スキル

転生者、??の呪刻、魔傷ましょう


使

フレイムアロー、ウインドバレット、

エンチャントフレイム、プラズマバレット

===================



 少し伸び率は落ちているが、順調に上がってると思う。

 庭で毎日のように訓練した成果だ。


 それとここまで放置されたらもう分かる。

 両親は俺の魔法について把握していて、その上で応援してくれてることに。


 なにせ以前に屋敷の塀を火で焦がしてしまったが、特に何も聞かずに修理してくれたからな。

 そして今も部屋の机に座って、母に色々と教えてもらっている。


「蒼真ちゃんはお利口さんね。えらいえらい」


 母が俺の頭を撫でてくる。

 ちなみに母だがいまだに中学生くらいに見える。


 つまりのだ。

 ……下手をしたら俺より摩訶不思議な人じゃないか?


 着物姿にポニーテールの髪型なのだが、中学生の茶道体験みたいに見えてしまう。

 あと父も乙女ゲー系男性の見た目なので、二人で並ぶと未だに学生カップルだよ。


 陰陽術には老いを消す効果でもあるのだろうか。


「そういうわけで河童は水神が堕ちた存在なの。力が強くて神通力もあるから、戦いは極力避けるべきだからね」

「わかりました」


 今日の授業は妖怪談義だ。

 陰陽師たるもの妖怪についての知識は豊富でなければならない。

 

 その理屈はすごくわかるのだけれど、この談義には少し問題がある。


「ある日ある日、お爺さんが川に近づきました。すると河童が現れて……」


 妖怪の知識って日本昔話みたいになるんだよね。

 あるいはホラー怪談の類。そりゃそうなんだろうけども。


「じゃあ今日は終わりにしましょう。なにか食べたいものはある?」

「特にありません」

「じゃあ今日は鶴のお鍋にしましょうか」


 鼻歌交じりに部屋から出ていく母。

 さて今日も魔法の練習をしようかなと思いつつ、ふと部屋にある鏡が目に入る。


 ――鏡に映った俺の背後には、巨大な角を持つ獣がいた。


「……お前はいったい何者なんだ?」

 

 思わず鏡に話しかけてしまう。

 この獣だが常に俺の近くにいるようで、鏡を見ると毎度のように映っている。

 

 正直慣れた。怖いホラーだってずっと同じネタなら飽きるよ。

 ただ鏡に映るだけで特になんの実害もないし。


 すると獣は目を細めた後、クルリと振り向いて鏡から消えていった。

 ……飽きたなんて言ったから怒らせちゃったかな?


 そう思いながら鏡を見るのをやめて、横に顔を向ける。

 ――獣の顔と目が合った。


「うおっわらららあああああ!?!?!?!?!?」


 思わずその場から飛びのく。

 さっきまで鏡に写ってた獣の顔だけが、宙に浮いて実体化してる!?


 獣の顔はニヤリと笑うとスーっと姿を消した。

 ……お、俺を驚かせにだけやってきたのか? マジでなんなのあいつ。


 まあいいや。庭に行って魔法の練習を……。


「ついてこい」


 しようとしたのだが、いきなり現れた父に呼び止められてしまった。

 父は一言だけの説明で家の廊下を歩いていく。


 とあるふすまの前につく。そのふすまは大量の墨文字が刻まれていた。

 まるで耳なし芳一で身体中にお経を書いたみたい。禍々しい。


 父は自分の親指をガリっと噛んだ。

 そして親指を扉につけると、お経が赤く輝いて扉が勝手に開く。


 父は襖の先の部屋に入って行くので俺も後に続く。

 ビシャリと襖が勝手に閉じて怖い。部屋はやはり畳で、机と座布団が置いてあった。


 父は座布団に正座すると、対面にある座布団に視線を向けた。

 座れということだろう。俺は父と向かい合うように座布団に正座すると。


「実戦だ」


 父は開口一番、一言で告げて来た。


「実戦?」

「ああ」

「……」

「……」


 か、会話が続かないのだけれど?

 いや実戦の一言だけでなにがわかると? この後に説明があると思うじゃん。


 だが俺は人生二度目だ。コミュ力にそこまで自信はないけど、話を引き出すくらいはできるはず。

 たしか昔読んだコミュ本では、質問することで話を膨らませていくと書いてあった。


「じ、実戦とはどういうことでしょう?」

「実戦だ」

「どんな実戦なのでしょうか?」

「廃墟だ」

「……」

「……」


 破れた風船かよ!

 いや以前から父は無口な人だと思ってたけど、まったくなにも喋ってくれないのは酷い!

 

 普段はあまり家にいない。もしくは母がそばにいて、色々と言ってくれてたからなあ。


「あの。お母さんを呼んできますね。そうすれば話がうまくできるかと」

「…………」


 俺は立ち上がろうとするが、父親が無言で圧力をかけてくる。

 父の目は少しだけ寂しそうに見えた。


 ……たぶん息子とまともに会話になってないのを気にしてそうだ。

 仕方ない。もう少しだけ粘ってみるか。


 父は実戦と言っていた。この家は祓魔師の名家なことを考えると。


「もしかして私が祓魔師として、実戦に出向くということでしょうか?」

「そうだ」


 父はうなずいた時、俺は異変に気付いた。

 父の顔は無表情のままだが、目がうっすらと赤く輝いてる。


 なるほど。母がどうやって父の感情を読み取ってるのか分かった。

 目は口ほどにモノを言うとあるが、父は目が口にモノを言うのだ。


 いままでずっと怖いイメージだったけど、ただの不器用な人なのかも。

 そう思うと少し話しやすくなった気がする。


「ひとりでですか?」

「私とだ」

「危険ではないですか?」

「私がいる」


 父の目は自信満々で誇らしげに見える。


「ええと。父上は凄腕の祓魔師だから、私を守るくらい楽勝ってことですか?」

「うむ」


 父上の目の色が物理的に変わった。眼球が黒から青色になっている。

 おそらく父上の目は感情がたかぶると色が変わるのだ。


「経験だ」

「祓魔師を目指すなら経験を積んだ方がいいということですね?」

「ああ」


 父の顔は無表情だが目はずっと青いままだ。 

 これからは父と会話する時、言葉よりも目を注視すればよさそう。


 そんな父の目の色がまた変わった。

 黒く戻ったかと思うと、俺をジーッと睨んでくる。


「力を示せ」


 有無を言わさぬ強い言葉、そして眼力。

 ……あー。やはり俺のMPとかバレてて、力を見せろってことなんだろうなあ。


 やはりいままでは察してないフリをしてくれてたのか。

 だがちょうどいい機会だ。俺としても自分の魔法が、妖怪の類に通用するのか試したい。


「わかりました」

「うむ」


 そうして俺は初の実戦に出向くことになった。

 妖怪と戦うのは怖いが、少しワクワクもしていた。


 いままでの努力がはたして通用するのかな。

 そして父はまだ俺を見てきた。


 ……ん? いや違う。

 父の視線はわずかに俺から逸れて、俺の背後を見ていた。試しに振り向いたが部屋の壁があるだけだ。


「あ、あの。どうしました? 後ろになにか……」

「神獣だ」

「え?」

「害はない」


 父はそう言い残すと立ち上がって、部屋から出て行ってしまった。

 ……父が見ていたのって、鏡に映る獣なのだろうか。

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