第2話




「ふふ……こんな阿呆面したお子様二人が、今回のお客様かしら」


 部屋に入ってきた双子の少女の一人が、開口一番そんなことを言った。

 俺はただ呆気に取られてしまう。けれど、冬夜はどうやら癇に障ったらしい。


「誰がお子様だ! どう見てもお子様はそっちだろ!」


 だが双子は、まるで耳に入っていないかのように、涼しい顔のまま俺たちの正面に腰を下ろした。しかも、取り出したのは――煙管。

 火を点け、紫煙をゆったりと吐き出す。


「お、おい……未成年が堂々と喫煙はダメだろ……」


 冬夜が慌てて止めようとするが、少女は煙を吐きながら片眉も動かさず言った。


「ねぇ、るな。こいつら面倒くさいし、さっさと追い出しましょうよ」


 その隣で、もう一人の少女がタブレットを取り出し、淡々と文字を打ち込む。

 画面に映った文字を、彼女は隣に見せた。


『ダメだよでぃあ。お仕事の依頼なんだから、少しは我慢しなきゃ』


 ――なるほど。笑顔で毒を吐き続けている少女が“陽”。

 無表情でタブレットに言葉を綴る少女が“月”。

 どうやら、そういうことらしい。


「……月が言うなら」


 陽は笑顔を崩さぬまま、明らかに不満を隠そうともせず答える。

 そして月がこちらに向き直り、タブレットを掲げた。


『陽がすみません。解呪の依頼ということで伺っていますが、お間違いないでしょうか?』


 声が出せないのだろうか。そんな疑問が胸をよぎる。


「えっと……その前に少し質問をしたいんです。あ、自己紹介したほうがいいですかね」


 動揺を隠すように、口を開いた。


「俺は桜木春樹さくらぎはるき。で、こっちが――」


雪代冬夜ゆきしろとうやです」


 冬夜が短く名乗ると、月が再びタブレットを操作し、画面をこちらに向けた。


『それじゃあ、私たちも自己紹介しますね。私は神隠月』


「私は陽よ」


 笑顔で陽が名乗りを添える。


『それで、質問というのは?』


 促され、俺は一度唾を飲み込む。


「……俺たち、ここで呪いを解いてもらえるって聞いて来たんです。

 でも、具体的なことは……何も聞いてなくて」


『なるほど……では具体的な内容について説明いたしますね』


 月はタブレットを操作すると、画面にパンフレットのような資料を映し出した。さらに手元からスマホを取り出し、淡々と文字を打ち込んでいく。


『ここ、神隠の館では二つの仕事を請け負っております』

『まず一つは“呪物の回収”。持ち込みでも、現地への出張でも対応可能です』

『もう一つは“呪われた人や場所の解呪”。――今回はこちらが目的でございますね』


 画面に並ぶ文字を追いながら、俺は息を飲んだ。

 冷静で事務的な口調――いや、無表情の彼女に声はない。だからこそ、その文字列がかえって重くのしかかってくる。


『料金につきましては、呪いの種類や状態により変動いたします。ご了承ください』


「……そんな」


 思わず声が漏れる。

 学生の俺たちに、そんな大金を払える余裕があるはずもなかった。


「俺たち、学生で……そこまでの持ち合わせがないんだ」


 苦し紛れに口にすると、すぐさま陽が鼻で笑った。


「ただで解呪してもらおうとでも思って来たわけ? ……やっぱりお子様ね」


 冬夜がカッと立ち上がる。


「生死がかかってるかもしれないんだぞ! 仕方ないだろ! それにさっきからお子様お子様って……お前だってどう見ても子供じゃないか!」


 声を荒げる冬夜に、陽は深いため息をつき、懐から小さなカードを取り出した。


「これを見ても、まだお子様に見えるかしら?」


 差し出されたのは――免許証。

 記載された生年月日を見て、息を呑む。


「……なっ……嘘だろ⁉」


 冬夜が裏返った声を上げる。俺も言葉を失った。

 どう見ても十歳そこそこにしか見えない容姿に、二十を超えた年齢が記されている。


「これでわかったでしょ。……それに生死がかかってるって言ったけど、こっちも仕事なの。生活がかかってるのよ」


 笑顔のまま、陽は容赦なく言い放つ。

 その迫力に、冬夜は渋々席へと腰を下ろした。


 そんな空気を和らげるように、月がタブレットを操作し、画面をこちらへ向ける。


『解呪するかはさておき、まずは鑑定をいたしましょうか』

『内容と料金さえ分かれば、ご自身で準備するなり、親御さんに相談するなりできますでしょう』


 その一文に、わずかな救いを感じた。


「……お願いします」


 そう答えた瞬間、月がさらに文字を打ち込んだ。


『本日は呪物をお持ちですよね?』


 息が止まる。


「……なんで、わかったんですか⁉」


 驚きと恐怖で声が裏返る。

 月は表情を変えぬまま、静かに文字を打ち出した。


『私たちは、“呪いの匂い”がわかるんですよ』




『それでは……呪物を見せていただいてもよろしいでしょうか?』


 月の表示した文字に頷き、俺はカバンを探った。

 そして、秋奈から譲り受けたネックレスを取り出し、恐る恐る差し出す。


 月はそれを手に取り、無表情のままじっと見つめ――やがて淡々と文字を打った。


『……これは呪物ではありませんね』


「な……これじゃないんですか⁉」


 耳を疑った。

 確かに、このネックレスを貰った夜から、あの悪夢は始まったはずなのに。


『どうして、このネックレスが呪物だと思ったのですか?』


 問われ、俺は正直に答える。

 秋奈から貰った日のこと、そしてその夜を境に夢に女が現れるようになったことを。


 その話を聞き終えた陽が、面倒そうに肩を竦める。


「……あんたが持ってきてるもの、全部出しなさい」


 命じられるまま、スクールバッグの中身を机の上に並べていく。教科書、筆箱、弁当箱、その他の小物――。


 だが月は一瞥しただけで、再びタブレットを叩いた。


『この中にはありませんね』


「これ以上、もう何も持ってないぞ」


 必死に訴えると、月は淡々と文字を打ち出す。


『……変ですね。あなたからは、ずっと“呪いの匂い”が漂っているのですが』


 その言葉に、心臓が一度跳ねた。

 ――まだ、出していないものがある。


 俺はおそるおそる制服の袖をまくった。そこには、銀色の小さなブレスレット。夏美が誕生日に贈ってくれた、大切なもの。


 月の瞳が、その瞬間に大きく見開かれた。無表情だった彼女が、机に身を乗り出す。


「……それが、呪物よ」


 陽が、笑顔のまま告げた。

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