双子人形は呪いがお好き

三毛。

プロローグ:双子人形の館

第1話




 授業の終わりを告げるチャイムの音で、ぼんやりと目を覚ました。

 机に突っ伏した腕がじんわりと痺れている。欠伸を噛み殺しながら背筋を伸ばすと、すぐ背後から声が飛んできた。


「よう、春樹はるき。また居眠りか」


 振り向けば、冬夜とうやが呆れ顔でこちらを覗き込んでいた。


「おはよう、冬夜。……最近な、家じゃまともに眠れなくて。つい学校で寝ちまうんだよ」


「……例の悪夢か?」


 短く問われ、黙って頷く。

 そう――あの夢だ。家で横になると必ず現れる、あの女。


 闇の中で、白い指が首に絡みつく。息が詰まり、苦しくてもがいたところで目が覚める。そんな夜が、もう何度続いただろう。


「最近じゃ……起きていても、部屋にいると妙な視線を感じるんだ。誰もいないのに……ずっと見られてる気がして、気味が悪い」


「……それはヤバいな。何か、原因とか心当たりは?」


 首を横に振る。


「それがわかったら苦労しないよ」


「まあ……そうだよな」


 ため息をつき合いながら、机の上に弁当を広げた。

 箸を割りながら、冬夜が思い出したように尋ねる。


「なあ……いつからだ? 悪夢を見始めたのは」


 頭の中を探る。重苦しい夜の記憶を辿る。

 しばし考えて、ふと一つの夜が浮かんだ。


「……あ、そうだ」


「思い出したか?」


「この前さ、秋奈あきなも一緒に三人でバザーを見に行ったろ? ……あの日の夜からなんだよ」


「あの日さ、春樹は何も買わなかったよな?」


「……ああ、俺自身はな」


「なんだよ、意味深な言い方しやがって」


 冬夜が怪訝そうに笑う。俺は少し言いよどんでから、言葉を続けた。


「帰りに……家の前で秋奈からもらったんだ。バザーで買ったっていうペンダントを」


「ははっ、なんだよ幼馴染からのラブアピールか」


 からかうような声に、眉をしかめる。


「……揶揄うなよ。俺に彼女いるの知ってるだろ」


「悪かった悪かった。お前は夏美なつみ一筋だったもんな」


 ――そうだ。俺には夏美がいる。秋奈は大事な幼馴染だけれど、それ以上にはならない。

 だからこそ、これからも“ただの友達”でいたい。


 そんなことを考えていると、冬夜がふと思いついたように呟いた。


「もしかして……そのペンダントが呪われてた、とか?」


「……は? そんな非科学的なことあるわけないだろ」


 口では否定した。だが、その瞬間、背筋を冷たいものが撫でていった。――まるで、その首飾りの存在を思い出しただけで、背後から視線を浴びたかのように。


「俺はな、呪いは存在してると思うんだ」


 冬夜の声が、妙に重く響いた。


「……どういうことだよ」


「ほら、お前も知ってるだろ。志木しきって後輩」


「ああ……野球部のホープとか言われてたやつか」


 名前だけは聞いたことがある。冬夜の中学の後輩で、今でもよく遊んでいるらしい。


「あいつ、結構古い家系の出でな。実家の蔵に、怪しげなモノが結構あるんだよ」


「……怪しげ、って?」


「所謂呪物ってやつだよ。それでな、志木が“呪われた物”に触れちまったらしくてな」


 冬夜の声音が低くなる。


「そしたら、日に日にやつれていって……見てるのが怖いくらいだったんだ。けどある日、嘘みたいにすっきりした顔して登校してきた」


「……何があったんだよ」


「双子人形の館に行ったらしい」


「……あの、山奥の洋館か」


「そうそう。あそこの主が呪いの品を集めてるって噂、知ってるだろ? どうやら解呪もやってるらしいんだ」


 俺は言葉を失う。そんなもの、本当にあるのか。


「で、志木はそこで頼み込んで……見事、呪いを解いてもらったらしい」


「……へえ」


 半ば呆れながらも、胸の奥に小さな興味が芽生えるのを感じた。


「最近のお前……志木が呪われてた頃の顔つきに似てきてるんだよ」


 冬夜が真剣な目を向けてくる。


「だからさ。お試しでもいい。……一緒に行ってみないか」


「――双子人形の館に」






 その日の放課後、俺と冬夜は並んで自転車を走らせていた。

 目指す先は――山奥にあるという「双子人形の館」。


 舗装もろくにされていない坂道を必死に漕ぎ続け、息が白くなるほど荒い呼吸を繰り返した。やがて、木々の隙間から影のように黒々とした建物が姿を現す。古びた西洋館――鬱蒼とした森の中に、異様に浮かび上がっていた。


 館の前に着き、重厚な鉄の門の前に立つ。

 試しに備え付けのインターホンを押すと、低く渋い声が響いた。


「――はい、こちら神隠かみがくれの館でございます」


 思わず背筋に寒気が走る。冬夜が恐る恐る答えた。


「ここで……呪いの解呪をしてもらえるって聞いたんですけど」


 沈黙の後、門が軋む音を立てながら、ゆっくりと左右に開いた。


「どうぞ……お入りください」


 声が再び聞こえ、俺たちは自転車を門の脇に止める。

 足が重い。だが、引き返す選択肢はなかった。


 館の玄関に近づくと、中から扉が開き、執事服を纏った初老の男が立っていた。

 目は細く、表情は石のように硬い。


「どうぞ……ついてきてください」


 男が歩き出し、俺たちは無言のまま後をついて館に足を踏み入れる。


 廊下の壁には、絵画や陶器、装飾品が並んでいた。どれも目を奪われるほど美しい。――けれど、同時に、近寄ってはいけないような圧迫感があった。まるで見つめ返されているような、不気味な気配。


「それらはすべて呪いの品です。……あまり、まじまじと見ない方がよろしい」


 背を向けたまま、執事が低く告げる。

 ――なぜだ? 俺が凝視していたことを、どうしてわかった。

 心臓が早鐘を打ち、慌てて視線を逸らした。


 やがて執事が足を止めた。


「こちらでお待ちください」


 通されたのは応接室のような部屋。深い色のソファと古びたランプが置かれ、外の光は遮られていた。

 腰を下ろすと、冬夜が小声で呟く。


「……ここ、ヤバすぎるだろ」


 俺は頷くしかなかった。

 その時――。


 ドアが、音もなく開いた。

 そして現れた姿を目にした瞬間、息が止まる。


 まるで西洋人形がそのまま歩き出したような、美しい双子の少女。

 真っ白な肌に、絹のような黒髪。整った顔立ちに、ぞっとするほど冷たい光を宿す瞳。


 呆気に取られ、口を半開きにした俺たちを見渡すと――。


「ふふ……こんな阿呆面したお子様二人が、今回のお客様かしら」


 人形のような少女の、甘やかで冷たい声が、空気を震わせた。

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