EARth.正しい魔物の終い方
四喜 慶
第1章:アルメリア帝国のアスター
第1話:貴方は神を信じますか ?
科学が魔法に敗れたこの世界で、僕は人類のために何ができるのか。
僕、アスター・アルブレヒトは人類の繁栄について考える。
小さい頃から、強い英雄願望があった。
未来で起こりうる危機から人類を救いたい。
そのためには何と戦えばいいのか、どんな力で立ち向かえばいいのか、そんな妄想を毎晩している。
ズルリと布団から脱皮し窓を開ければ、連日続く祝日故の浮ついた空気が広場の歓声、屋台の匂いと共に冷たく部屋をかき回す。
連日続く祝日というのは成人の儀のことである。僕も現在十五歳。その成人の儀の歳である。
成人の儀とは、自分に眠っている気づかない
そんなめでたい日に浮腫んだ顔を歪ませる僕。
「兄さーん! もうそろそろ起きてよー」
下の階から妹のクレアの呼ぶ声が聞こえてくる。
成人の儀を迎える自分よりもテンションの高い妹に吸い寄せられるようにヨタヨタと部屋を出た。
「今日くらいゆっくりしてたっていいのに」
「兄さんの晴れ舞台だから見送りくらいはしたいわ。それに、変な格好で行かせるわけにもいかないし」
変──? 目を逸らしながらのクレアの言葉に自身の今の装いを確認する。
昨日から着ている皺だらけのシャツによく馴染むツルツルになったベスト。視線を落とせば膝の辺りが擦れて色褪せたズボンが目に入る。
後で気づいたが茶色の髪が鳥の巣のような寝癖を作っていた。
今の僕を
「ほら、この前もらった一張羅があったじゃない。朝食並べるからその間に着替えてきなよ」
クレアの鼻歌を背につい先ほど下った階段を上る──いつもより足取りが重く階段が長く感じるのはきっと気のせい。
身だしなみを整え、食卓へ座るといつもより気合の入った料理がテーブルを彩っている。
そんな妹からのささやかなエールにフォークを伸ばした。
僕とクレアの間に灯る魔石ランプの灯りがチカチカとわずかに揺れる。
食事のお供は勿論、成人の儀のことだ。
「兄さんには一体どんなスキルがあるんでしょうね。何やっても器用だから心配はしてないのだけれど」
「どうだろ、スキルは遺伝に関係するという人もいれば個人の経験に左右されるという人もいるし」
「じゃあ神様にお願いしないとね。いいの来ますようにって」
そう言って手を合わせるクレア。神様かぁ……。
確かに神からの天啓を賜ることで生活が送りやすくなった、進路が定まった、将来への漠然とした不安が消え去った、こんな夢のような話をよく聞く。
でも、そんなのでいいのだろうか。
「せっかくだから魔法がいいかも! 兄さん魔法学部だし」
「魔法じゃなくても今の生活が変わるわけじゃないから気にしないけどね」
「でも、魔法戦術実習はできないのでしょう? 魔法戦士、夢だったのに」
いつの話をしているんだ。魔法戦士は男の子なら誰でも一度は夢見る通過儀礼だというのに。
だがクレアの言う通り、僕の通うアカデミーは魔法を発現させた者のみが受講できる科目がいくつか存在する。
僕は成績優秀者の特例として成人の儀を受けずに飛び級という形で去年から通っているため、自分のスキルがわからないまま魔法学部に入学した。
この学部に在籍するほとんどの学生は魔法を発現させているからか、僕は少し浮いた存在になっている。多分。
「僕は自分が上手く魔法を使えるようになるために入学したわけではないからね」
「それが今の研究なんだもんね」
「……魔法、というか魔力はあまりにも都合よく完成されすぎたんだ。生活においても、戦においても。人々は一五歳を迎えてから生まれるスキルという新しい格差を受け入れて、その定めに従う。だからこそ、魔法が使えない人も快適に過ごせる、魔法のような技術が今必要なんだ」
「選別ねぇ、人間に対して誰が最初に使い始めたのかしら」
「──神だよ、神」
皿の上でコロコロ転がるトマトをフォークで追いかけながらそんなことを言ってみる。
「他所でそんなこと言っちゃダメよ」
「言わないさ」
小さく顔の前でバッテンを作るクレアにクスッとしてしまう。
食卓に置かれた魔石ランプもそうだが、世の中には魔法関連の道具が多く出回っている。そのため魔法が使えない人、魔法を使うための魔力が少ない人は消費者として搾取される事が多く、格差が生まれやすいのが現状だ。
僕はこれを問題視し、燃費のいい道具、便利な技術を作るために魔法を学んでいる。
「私、難しい話はわからないのだけど、もっと画期的な方法はないのかしら。いっそ魔法でなくとも科学とかでさ」
「もちろん、それが理想に近いのだろうけど……。でもそうなれば教会が怖いし、教会に目をつけられたらアカデミーに居づらくなってしまうよ。ただでさえ研究室をもらっているのに……」
学生は研究室を持つ教授の下に所属するのだが、僕はここでも特例として学生の身で研究室を持っていた。特例処置と言えば聞こえは良いが、所謂監視であり、ただ研究室に所属して自由に研究する学生とは異なり、国立機関の研究員として年ごとにまとめた実験データを提出する義務がある。
「だからこれがギリギリだよ。魔法を中心として科学的に発展させる。あくまでも魔法学の発展という体でないと、ね? 今の生活もあるし」
「うん……ありがとね」
「そろそろ行かないと」
「はい、こっちは大丈夫だから。楽しんでね」
「ありがとう。でも、すぐ戻るよ」
話に夢中になっているとすぐに時間がやってくる。
僕たち二人の家に一時の別れを告げ、成人の儀が行われる教会に向う。
この家は叔父との約束として、研究で結果を出すことを条件に兄妹で暮らすことが許された家だ。
叔父、ルドルフ・アルブレヒトは隣町の領主であり、その甥と姪が未成年で家を出ていくなんて領主として、貴族として外聞もよくはないだろう。
そんな中、二人の意見を尊重した叔父の期待に応えるためにも研究に役立つスキルが欲しいなぁなんて、心の隅で思ってみたりもする。
まぁ、急がずともすぐわかる。僕の将来を左右しかねないスキルの有無も。
◇
教会の祭壇上。司祭様や数人の神官に見守られながら僕は見事スキルを発現し──目を抑えて悶絶していた。
「ぐあぁ、目がぁ、焼けるように痛いぃ」
思わず口から漏れてしまう苦悶の声は観衆のざわめきにかき消されていく。
目を抑えている指の隙間から覗けば、骸骨が並んでいる──ように見えている。
実際には観衆の体を、服を、肌を、肉を透過して骨を見ているのだ。
自分に発現したスキルは──透視だった。
「どうです? 何か発現されましたかな?」
僕の頭上から司祭様が声をかけるが正直それどころではない。痛みに加え、スキルのコントロールに苦戦し皆骸骨、誰が誰だかわからないのだ。
「はい……えっと、多分千里眼です」
頭がぼーっとする中、僕は千里眼と口にした。
透視と馬鹿正直に答えると観衆から悲鳴が上がる気がしたからだ。
「この結果は教会の議事録に記録されます。千里眼で間違い無いですか?」
「はい、千里眼です」
もうなるようになれ。今はそれどころではないのだ。表情がわからないとここまで怖いのか。
軽くパニックホラーである。
「アスター・アルブレヒト。スキル、強化系の千里眼。魔法ではないが珍しいスキルですね」
神官のような骸骨がそんなことを言っている。そうか、珍しいのか。なら当分は嘘がバレなさそうだな。
「おめでとう。アスター・アルブレヒト。この神からの贈り物を大切になさい。これをもってアスター・アルブレヒトの新しい門出の祝賀とする」
無事? 成人の儀を終えた僕は癒しを求めて帰路を彷徨う。
しばらくほっつき歩いていると痛みも引いてきた。無機質だった景色も色と肉感を取り戻し、見慣れたものへとなっていく。
「嘘、ついちゃったな」
異端審問官の中には嘘を見抜くスキルを持つ者もいるらしいが、相当悪いことをしなければお目にかかることはないだろう。それに、一応貴族だし、身分は保証されているし……。
そんなことを考えていると家に着く。
「ただいま」
「! おかえりなさい。どうだった?」
目をキラキラとさせる妹が眩しい。
「クレアの望むようなスキルではなかったよ。千里眼。目が良くなった。でも神官がいうには珍しいらしいよ」
「そっか、でも研究に役立つかも。ほら、生物を観察したりするのでしょう? 細かなところとか見えるかも」
ほう、観察か──余裕がなくてスキルの用途を考えられてなかったけれど、そういう用途もあるか。
僕の研究は生物の特殊臓器である魔力増倍器官を用いた研究だ。透視スキルは体内の観察で有効に使えるだろう。
「兄さん、顔色良くなったね」
「──クレアのおかげでね。ありがとう。何かわかった気がするよ」
ふふんと得意げに胸をはるクレアの頭を優しく撫でながら思う。スキルの練習しなきゃなと。
妹で練習するのも気が引けるし、何かいい練習相手はいないものか。
親しい友人はほとんどいないし……正直に話してさせてくれるとは思わない。黙ってやるのも気が引ける。
どうしたものか
「兄さん。今日はいろんな出店が出ているでしょう。私も出掛けたいのだけど一緒にいきましょう?」
お出かけを楽しみにしていたのか。よく見れば朝の装いとは違いクレアはおめかししている。なら今は彼女を楽しませることに集中しよう。
あぁ、クレアのおかげで研究が楽しみになってきた。祝日なんて早く終わってくれ。
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