第10話 ガンメタの魔王

どんよりとした黒雲が空を覆っていた。

大地にはひびが入り、瘴気がもくもくと吹き出している。

その中心に――ドン、と構える巨大な城。


高い尖塔、閉ざされた黒鉄の門。

城壁全体が紫色のオーラをまとって、見るからに「お前ここ入ったら絶対死ぬぞ」って主張している。


「うわぁ……写真で見たらインスタ映えしそうなのに、実物はホラー映画じゃん……」


ボクは思わずヴェールを押さえて身をすくめた。


「ほんとにここ入るの……? っていうか、ボクまだ心の準備出来てないんだけど!?」


隣でカイトは無言。

いつもより口数が少なく、剣を握る手に力がこもっている。


「……未来。気を抜くな」


「わ、わかってるよ!」


(でもその背中、かっこよすぎて逆に気が抜けるんだけど……)



◆◇◆



城門を抜けた瞬間、瘴気が押し寄せてきた。

普通の人間なら一瞬で意識を失うレベルだ。

でもボクの体は【ゴッデスオブビューティ】に守られてるから平気。

むしろ「なんかスチームエステ効果でお肌ツヤツヤになりそう~」くらいに思える。


「……未来」


「ごめん! いま真剣に美容効果考えてた!」


「……お前は本当に緊張感がない」



◆◇◆



奥へ進むと、ずらりと並ぶ魔王軍の雑兵が待ち構えていた。

剣を持ったオーク、槍を構えたリザードマン、魔法を詠唱するローブ姿の者。


「出たなぁ~! でもどうせボクのビューティで――」


その瞬間、魅了を放とうとしたボクのオーラが弾かれた。

光は広がったけど、雑兵たちの目は微動だにしない。


「えっ……効いてない!?」


前に出たオークが、がなり立てながら突っ込んできた。


「女神の力など通じぬ! 我らは結界で守られている!」


「うそでしょ!? ちゃんと対策されてるの!?」


(なにそのRPGのボス前みたいなメタ対応!)


「未来、下がれ!」


カイトが剣を振るい、迫るオークを一刀両断。

続けざまにリザードマンの槍を受け流し、鋭い突きで貫いた。


「す、すご……! でも数多すぎない!?」


「だから言った。気を抜くなと」


雑兵たちは次々と押し寄せてくる。

魅了が効かない以上、ボクはただの無敵の囮にしかならない。


「きゃー! 殴られても傷つかないけど! 怖いんだけどぉぉ!?」


その横で、カイトが一人で切り結び、次々と敵をなぎ倒していく。

汗が額を伝い、その息が徐々に荒くなっていくのが分かった。


……魔王城の奥へ行く前から、これってヤバくない?



◆◇◆



雑兵をすべて倒しきり、ようやく玉座の間へ続く大扉が見えた。

重厚な両開きの扉には禍々しい装飾。

近づくだけで心臓を鷲掴みにされるみたいに圧迫感がある。


「ここが……魔王の間……」


ボクはごくりと唾を飲み込む。


「未来」


「な、なに?」


「ここから先は――気を張れ。俺一人では守り切れん」


カイトの真剣な目に、ボクは思わず背筋を伸ばした。

……やば、また心臓がドキドキしてる。

でも今度はトキメキじゃなく、ちゃんと戦いの予感のせい。


ボクは深呼吸し、拳を握った。


「よーし……やってやろうじゃん!」


そして、玉座の間の扉が――ギギギ……と、重々しく開いていった。



◆◇◆



扉が開いた瞬間、息をのむほどの瘴気が一気に吹き出した。

空気が重くなり、視界までじわりと歪む。

奥に見えるのは――黒鉄の玉座。


そこに座るのは、全身を黒い甲冑に包んだ男。

仮面からのぞく瞳は血のように赤く、ただ見られるだけで体の奥まで凍りつくようだった。


「……来たか、女神の化身」


低く響く声は、地の底からの咆哮みたいに広間を揺らした。


「ひぃっ!? なんかラスボス感すごすぎるんですけど!?」


ボクは思わずヴェールを押さえて後ずさった。


カイトが一歩前に出る。


「魔王……」


その声には、これまでの冷静さに加えて怒りが混じっていた。


魔王はゆっくりと立ち上がる。

背後に走る巨大な魔法陣が、雷みたいにバチバチと光を放った。


「我は貴様の力を聞き及んでいる。だが――その程度の小細工が我に通じると思うな」


「え、ちょ、ちょっと待って! 小細工って言った!? ボクの美しさを小細工呼ばわり!?」


魔王は指を鳴らす。

瞬間、広間全体に黒い膜が張り巡らされた。


「これは……!」


カイトが目を細める。


魔王はゆっくりと告げた。


「視覚、聴覚、嗅覚――貴様の魅了が通じる経路はすべて、封じさせてもらった」


「はぁぁ!? フルコンプ対策!?」


思わず叫ぶボク。


「どんだけ入念に対策してるの!? 逆に恥ずかしくないの!?」


「ふん……それほどに貴様が危険だということだ」



◆◇◆



次の瞬間、魔王の体が揺らめいた。

気づけば目の前に迫っていて、その黒槍がカイトに振り下ろされる。


「くっ!」


カイトが剣で受け止めた瞬間、火花が散り、広間全体が揺れた。

その衝撃波だけで壁にヒビが走る。


「ひゃあああ!? ちょっと待って! これ建物壊れるぅぅ!」


ボクはあわてて柱の影に避難……するけど、そもそもボクには傷一つ入らないんだった。


「……くそっ!五感が鈍っててもこれか…」


カイトは必死に食い下がるが、一撃一撃が重すぎて足元が削られていく。

それでも剣を振るい、応戦を続ける姿は美しかった。


「カイトっ! がんばれぇぇ!!」


思わず声援を送るボク。


「未来……少しは戦え!」


「だってぇ! 魅了効かないんだもん!」


「だから――工夫しろ!!」


言われた瞬間、ゾワリと背筋に悪寒。

魔王の槍がボクに向かって飛んでくる。


「きゃああああっ!?」


反射的に身をひねると、槍は空を切って壁をぶち抜いた。

瓦礫が降り注ぐけど、やっぱりボクには傷一つつかない。


「……やっぱり便利だなぁ、この体!」


「便利で済ますな! 戦え!」


「うぅ……わかったよぉ!」


◆◇◆


魔王の槍とカイトの剣が何度もぶつかり合い、轟音が広間を震わせる。

ボクは必死に走り回り、気を引こうとポーズを決めるけど、魔王にはほとんど通じない。


(くっそぉ……本気で魅了が効かない……!

 でも、それでも……ボクたちで勝つしかない!)


長い戦いの幕が、いま切って落とされた。



◆◇◆



広間に剣と槍の衝突音が響き渡る。

金属と金属がぶつかり合うたび、稲妻みたいな光が走り、床が砕ける。


カイトは一歩も退かず、魔王の攻撃を受け止め続けていた。

その動きは研ぎ澄まされていて、まさに達人の剣筋。

でも――


「はぁ……っ、はぁ……っ!」


汗が額を伝い、呼吸が荒くなっているのがわかる。

長期戦の疲労が、じわじわと彼を削っていた。


一方のボクは……というと。


「きゃっ!」


ドゴォッと槍の衝撃波を受けても、体に傷ひとつつかない。

ヴェールは少し焦げたけど、お肌はツヤッツヤ。


「……ほんとボクの体、無敵すぎる……」


自分で言っておきながら、なんか申し訳なくなった。


カイトは息を切らしながらも必死に剣を振るう。


「未来……! 少しでもいい、奴の隙を……!」


「わ、わかった!」


ボクは慌てて走り出し、決めポーズを取る。

五感干渉ができないなら物理攻撃するしかない。


「くらえ! ビューティ☆スターダスト!」


光が弾け、具現化した星が魔王を襲う――が。


「くだらん」


魔王は一振りで全部吹き飛ばした。


「うそでしょ!? 完全スルー!?」



◆◇◆



ガキィィィンッ!


「ぐっ……!」


カイトの剣が弾かれ、体勢を崩した。

その隙を逃さず、魔王の黒槍が容赦なく振り下ろされる。


「カイト!!」


ドゴォッと音を立てて床に叩きつけられるカイト。

血が飛び散り、彼の体が無惨に転がった。


「か……はっ……」


彼は必死に立ち上がろうとするけど、足が震えて動かない。

そのまま剣を杖にして、崩れるように膝をついた。


「……未来。俺は……ここまでだ……」


「な、なに言ってんの!? まだ終わってないでしょ!?」


ボクは必死に叫んだ。

でも――カイトの瞼は重く閉じていく。


「未来……お前は……強い。……だから……」


「やめて! やめてよそんなフラグ立てないで! ボク……ボクだって、強くないんだよ!」


伸ばしたボクの手から、彼の手がすり抜ける。

次の瞬間、カイトの体が地面に崩れ落ち、意識を失った。


「カイト……っ!!」


胸の奥がギュッと締めつけられる。

ただモテたいだけで来たはずの異世界。

なのに今――ボクの一番大事なものは、目の前で倒れているカイトだった。


涙でにじむ視界の中、魔王の笑い声が響く。


「ふははは! 女神の化身といえど、孤立すれば無力よ!」


「……無力なんかじゃない……!」

ボクは震える唇を噛みしめて、カイトに覆いかぶさった。


(お願い……助けたい! ボクはモテたいだけじゃない! この人を……絶対に失いたくない!)


その願いに応えるみたいに――唇が、熱を帯びて光り始めた。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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