第9話 目標は思ったよりも近くにある

幹部を生け捕りにしてから数日。

ギルドはもちろん、街全体がとんでもない大騒ぎになっていた。


「ねぇねぇ聞いた!? あの女神様(?)、幹部を一人で落としたんだって!」


「違う違う、歌を歌ったら幹部が泣きながら改心したらしいぞ!」


「なにそれ新興宗教!?」


「いや、実際現場にいた奴が『歌声で空気が震えた』って言ってたらしいぞ!」


「え、じゃあやっぱり神降臨じゃないか!?」


通りに出れば、そんな噂話で持ちきりだ。

露店の看板には「女神様も愛したリンゴ」とかいうコピーが躍ってるし、パン屋の前には「本日限定・女神さまパン(中身クリームたっぷり♡)」なんて貼り紙まで。


(……いやいや、ボクそんなの愛してないからね!? ていうか勝手に商品化するのやめて!?)


さらに子どもたちがわらわらと駆け寄ってきて、


「女神さまだー!」


「お歌うたってー!」


「もう一回悪い幹部を泣かせてー!」


と手を振ってくる。

ボクは慌ててヴェールを押さえながら逃げるはめになった。


「ちょ、ちょっと! やめて! 顔が見えたらまた全滅騒ぎになるんだから!」


……ほんとはただモテたいだけなのに!

気づけばボクの望んだ“人気者ライフ”は、完全にとんでもない方向に突き進んでいた。


カイトはといえば、そんな街の騒ぎをよそに淡々と剣の手入れをしていて、まるで他人事みたいな顔をしていた。


「……浮かれすぎた街は危うい」


「うわぁ……カイトってそういうときでも真顔なんだね!?」


でも、そんな彼の言葉は妙に重く響いた。



◆◇◆



そして今日。

ギルド本部の大広間に呼び出されたボクとカイト。

普段は冒険者の喧騒でにぎやかなこの場所も、今日は異様に静かだった。

国の使者やギルド幹部がずらりと並び、場の空気はやけに重い。


「魔王軍幹部を捕縛……これは前例のない偉業です」


使者の男は深々と頭を下げ、ギルドの人々も一斉にざわめいた。


「……え、いや、そんな大げさな……ただ歌っただけなんだけど……」


ボクは思わず口ごもる。


だが使者は真剣そのものだった。


「聞き出した情報を照合した結果、魔王城の所在が確定しました。今こそ、討伐の好機なのです!」


「え、ちょっと待って! あの情報って本当に合ってたの!?」


思わず叫んでしまった。


「だってあの人、女神女神って壊れちゃってたよ!? あんな状態で信じていいの!?」


「……壊れていたからこそ、隠し立てがなかったのだろう」


カイトは静かに言った。


「ぐ……それもっともっぽいけど納得したくない!」


受付嬢も険しい顔でうなずいた。


「未来さん。カイトさん。ギルドとしても、あなた方に“魔王討伐遠征”をお願いするしかありません」


「……へ?」


言葉の意味が頭に届いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

……ちょっと待って。魔王? 討伐? 世界の命運?

え、なにそれ急にラスボス戦みたいな展開!?


「ちょっとちょっと! ボク、ただモテたいだけでここまで来ちゃったんですけど!?

 恋人ができてからでもいい!? ねぇそれでもいい!?」


「未来」


低い声でカイトが遮った。

大広間の視線が一斉に彼に集まる。


「……俺は元々、そのために生きてきた。お前はどうする」


真剣な眼差し。

その横顔に、また心臓がドキドキしてしまう。


(や、やば……こういう真剣顔ずるい……!)


「……っ」


逃げたい気持ちと、胸の高鳴りと、ごちゃまぜの感情の中で――

ボクは勢いに任せて叫んでしまった。


「よーしわかった! ボクが世界を救って、モテモテの大英雄になるんだから!」


大広間がどよめき、冒険者たちの間にどっと笑いと歓声が広がる。

「英雄だ!」「女神様が魔王を倒すぞ!」

……ああもう、完全に引き返せなくなっちゃった。


カイトは目を閉じ、小さく頷いた。

その姿を見て、ボクは胸がギュッとなった。


こうして――ボクたちの魔王討伐遠征が、正式に決まったのだった。



◆◇◆


魔王討伐遠征――なんか聞いただけで胃が痛くなる響きだ。

でも決まっちゃったもんは仕方ない。


「よーし、とりあえず準備準備!」


ボクはギルドを飛び出して、市場の通りを歩き回った。

するとすぐに、あっちからもこっちからも声が飛んでくる。



◆◇◆



「女神さま! うちの武器をぜひ!」


「いいえ! うちの防具です!」


商人たちが我先にと品物を差し出してくる。

ピカピカの剣、重そうな鎧、見たことない魔道具。


「え、えっと……ボク、剣とか使わないんですけど……」


「じゃあ美容オイル! 遠征中でもお肌つやつやに!」


「女神さま専用ティアラ! 戦場でも可憐に!」


「魔王を倒しても崩れない化粧セット!」


「なんでコスメ寄りになった!?」


後ろでカイトは無言のまま、差し出された武具を手に取って吟味している。

その姿が妙に板についていて、商人たちも緊張した顔で見守っていた。


「……剣は受け取っておく」


「えぇぇ!? じゃあボクもティアラ貰っとこうかな!」


「必要ない」


「必要あるよ!? 戦場でも可愛いって大事なんだから!」


言い争ってるうちに、なぜか周囲の商人たちが「確かに!」「可愛さも武器だ!」と乗っかってきて、ティアラの在庫が一瞬で売り切れた。

……ちょっと待って、それ商売上手すぎない!?



◆◇◆



その日の夕方。

市場での騒ぎを聞きつけた冒険者仲間たちが、ぞろぞろと広場に集まってきた。


「未来ちゃん、気をつけろよ!」


「女神さまー! ご加護をー!」


「帰ってきたら一緒に飲もうぜ!」


「……いやもう帰ってこれない気がするんだけど」


「縁起でもないこと言うな!」


口々に声をかけられて、なんかお祭りみたいな空気になっている。

……なんで? こっちは「恋人探しの旅延長戦」のつもりなのに!


「うぅ……なんか、世界の命運とか背負わされてる感じがする……」


横でカイトが静かに言った。


「実際、そうだ」


「ぐはっ!?」


さらっと言われて胸に突き刺さった。


でも、もう後戻りはできない。

いや、やるしかない。


「よーし! こうなったらボク、絶対世界を救って! その勢いでモテモテになってやるんだから!」


夕日に照らされながら、ボクは拳を突き上げた。

その横でカイトはため息をつきつつも、剣を握りしめる。

その姿は、これから訪れる戦いの重さをひとり背負っているみたいで、ボクはまたちょっと胸がドキッとした。


こうして――街の人々に見送られながら。

ボクたちは魔王城を目指す遠征に出発することになった。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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