第8話 それ知らないようじゃだめか…
広間の空気が一気にピリッと張り詰めた。
赤いローブの男が、ゆっくりと槍を構える。
背中の黒い翼がぱさりと広がり、ぞわりとした威圧感が全身を包み込む。
「女神の化身……その力、我が主に献上させてもらう」
低く響く声。背筋がぞくりとする。
「ひぃ!? いきなり物騒すぎない!? ボク、ただモテたいだけなんですけど!?」
慌てて後ずさるボクを、カイトが片手で制した。
「未来。下がるな」
その背中はぶれることなく、剣先だけが静かに幹部に向けられている。
……やば。思わず見とれちゃった。かっこよすぎ。
でも幹部さんの殺気は冗談抜きでヤバい。
槍の穂先が真紅に光り――次の瞬間、ドォンッ!
床が砕け散り、衝撃波で広間全体が揺れた。
「ぎゃああああ!?」
思わずしゃがみ込むボク。石片がバラバラ飛んでくる。
(や、やば……これ本気で死ぬやつじゃん!? ただモテたいだけの転生者に対する火力じゃないって!)
「未来!」
カイトの声が響く。
「奴は視覚よりも気配を読むタイプだ。お前の魅了は効きにくい!」
「また効かない系!? 最近そういうの多すぎない!? ボク、もう万能じゃないじゃん!」
……でも、だからこそ。
ここでボクが踏ん張らなきゃ!
ボクはヴェールをぎゅっと押さえ、深呼吸した。
心臓がバクバクしてるけど、やるしかない。
「目をふさげばいいと思ったら大間違いだもんね。
それ知らないようじゃダメか…情報はね。入れとかないと」
大きく足を踏みしめ、腹に力を込める。
カイトは一瞬で察したのか、耳をふさぎながら目を細めた。
「……っ、まさか……」
「La~~~~~♪」
自分でも驚くくらい、透きとおったハイソプラノが広間に響き渡った。
音の波が石壁を震わせ、光の粒が舞い、空気そのものが甘く震える。
なずけるなら――『ソングオブビューティ』。
幹部の顔がみるみる歪んでいく。
「ぐ……これは……聞いていた力と違う……! 心が……洗われて……」
槍を落とし、両手で頭を抱える幹部。
がくりと肩を落とし――次の瞬間、ガバッと顔を上げた。
「……女神様ァァァ!!」
「うわああぁぁ!? やりすぎたぁぁぁ!!」
広間にひれ伏す幹部と、「やっちゃった感」で真っ赤になるボク。
カイトだけが冷静に、耳を塞いだ手を下ろしてため息をついた。
「……俺が予想した中で一番やっかいな結果だな」
「ちょっと! 慰めて! ボク本気でやばいことしちゃったかも!」
幹部はうっとりとした顔でボクを見上げながら、両手を合わせた。
「女神様……! どうか私に御心をお授けください……!」
うわぁぁぁ……完全に信者になっちゃった……!
◆◇◆
幹部は床に膝をついたまま、うっとりとボクを見上げていた。
その目はもう戦意なんてカケラもなく、完全に崇拝モード。
「女神様……わたしは、あなたにすべてを捧げます……!」
「え、えぇぇ!? なんか急に宗教始まっちゃった!?」
カイトは隣で小さくため息をついた。
「……魅了が過剰に作用しているな」
「や、やばい……でも……今なら聞けるかも!」
ボクは思わず身を乗り出した。
「ねぇ、魔王って今どこにいるの?」
幹部は嬉しそうに頷き、口を開く。
「はい! 魔王様は北の山脈を越えた漆黒の城にてお待ちです!
側近は三名、それぞれが将軍として軍勢を統べ――」
止まらない。
魔王軍の戦力配置から、仲間幹部の弱点、補給路の位置、城門の仕組みに至るまで……。
情報が滝のようにあふれ出していく。
「えぇぇ!? こんなの普通なら絶対教えてくれないやつでしょ!?」
ボクは思わずカイトを見た。
「……な、なんかすっごいチート情報手に入ってるんですけど!?」
「今さら驚くことじゃないな。……利用できるものは利用する」
カイトの声は冷静そのもの。
一方で幹部はボクに手を伸ばして、涙まで浮かべていた。
「女神様ァ……どうか我らを救い、我を導きくださいませぇぇ!」
「えぇぇ……正直ちょっと引くんだけど……」
ボクは一歩引き気味で苦笑い。
◆◇◆
結局、必要な情報をすべて聞き出したあと、カイトが縄を取り出して幹部を手際よくぐるぐる巻きにした。
まるで慣れてるみたいなスピード感。
「んふぅぅぅ……! 女神様に縛られるのもまた至福……!」
「いやいやいや! そんな趣味の人みたいに言わないで!?」
ボクは真っ赤になって全力でツッコんだ。
幹部はきっちり縛り上げられながらも、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
……あ、これたぶんもう二度と正気に戻らないタイプだ。
◆◇◆
ギルドに戻ったボクたち。
縄でぐるぐる巻きにされ、ゴロゴロ転がされている幹部を見た瞬間、受付嬢のお姉さんは目をまん丸にした。
「え……ま、魔王軍の……幹部!? し、生け捕りに……!?」
「はい、差し入れです!」
ボクは満面の笑顔で報告。
「……あ、あの……今回の依頼は“ダンジョン調査”だったんですけど……」
受付嬢が引きつった笑みを浮かべる。
「ま、まぁおまけってことで!」
横でカイトは腕を組み、無表情のまま短く言い放った。
「情報はすべて吐かせてある。処遇は任せる」
その言葉にギルドは一瞬静まり返り――次の瞬間、大騒ぎになった。
「マジかよ……幹部生け捕り!?」
「国家規模の功績じゃねぇか!」
「いやいや依頼は調査だろ!? 調査のオマケが幹部捕獲って何だよ!」
冒険者たちがわらわらと集まってきて、ボクとカイトを取り囲む。
ボクは得意げに胸を張った。
「これでボクたち、世界を救う一歩に踏み出しちゃったってわけだね!」
――ざわめく冒険者たち。
困惑する受付嬢。
ため息をつくカイト。
そして縄で転がされた幹部は、まだ恍惚とした顔で「女神様ァァ……」とつぶやき続けていた。
……まあ、本人はただ“モテたいだけ”なんだけど。
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