第7話 いつだってスライムはエロ要因

「未来さん、こちらの依頼はいかがでしょう?」


受付嬢のお姉さんが差し出した紙には、こう書かれていた。


中規模ダンジョンの調査依頼

出現モンスター:スライム、トラップ確認多数

推奨:パーティで挑戦


「おぉ! これぞ冒険って感じじゃん!」


ボクは目をキラキラさせて紙を奪い取った。


「ついにボクもダンジョンデビュー! あ、いや“ボクたち”か。カイト、行こ!」


「……罠が多いと書いてある。無闇に突っ込むなよ」


「だいじょーぶ! ボク、モンスター相手なら超得意だから!」


「罠はモンスターじゃない」


「……あ」


……ま、まぁいいよね。だってカイトがいるし。



◆◇◆



ダンジョンの入口は、岩山をくり抜いたような洞窟だった。

暗い空気がじっとり漂っていて、いかにも「ここで事件が起きます!」って雰囲気。


「わぁ……映画みたい!」


「気を抜くな」


カイトは剣を構えたまま、静かに先へ進んでいく。

ボクもヴェールを押さえながら、その後ろをてけてけ追いかける。


「ねぇカイト、もしダンジョンでお宝見つけたら、分け前は半分こだよ?」


「三分の二は俺だ」


「なんで!?」


「……修理費」


「ぐっ……!」


ぐうの音も出ない正論だった。



◆◇◆



ダンジョンの通路は薄暗くてじめっとしていた。

天井から水がぽたぽた落ちてきて、空気はちょっとカビくさい。

うぅ……こういうのって異世界っぽいけど、実際歩くとテンション下がるなぁ。


「……足元に注意しろ」


前を行くカイトが低く言う。


「へーい」


気の抜けた返事をした瞬間、――カチリ。


「……え?」


足元から乾いた音。次の瞬間、ゴゴゴゴゴ……と壁が動き出した。


「トラップ!? やだやだやだ! ちょ、待っ――」


ドンッ!


壁の隙間から槍がビュンビュン飛び出してきた。

ボクは慌ててしゃがんだ……つもりが、タイミングがずれて――


「きゃあっ!?」


髪の毛の先をギリギリかすめられて、そのまま尻もち。

ついでにヴェールがずれて、危うく顔が見えそうになった。


「やばっ……! 見られたらまた全滅コース……!」


慌てて直そうとした、そのとき。


カンッ! キィィンッ!


金属音が響いて、飛んできた槍が全部弾き落とされた。

気づけば目の前にカイトが立っていて、剣を振るうたびにトラップの槍が粉々に砕けていく。


「大丈夫か」


低い声。

差し出された手。

その瞬間――心臓がドクンと跳ねた。


「……っ」


顔が熱い。なんで!? これ絶対惚れるやつじゃん!?


慌ててその手を取って立ち上がると、カイトはいつもの無表情で一言。


「……お前、やっぱり歩く災害だな」


「ちょ、ひどっ!? 今いい雰囲気だったのに!!」


通路の奥にスライムたちがうごめいているのが見える。

さぁ、ダンジョン探索はまだ始まったばかりだ。



◆◇◆



通路の先で、ぬるん、といや~な音がした。

青白く光るゼリーみたいな物体が、通路いっぱいに広がってくる。


「よしきた! スライム! こういう雑魚相手ならボクのビューティで秒殺だよ!」


そう言って胸を張ったんだけど――。


「……スライムには目がない」


後ろのカイトが淡々と言った。


「え? だから?」


「お前の魅了は“見た相手”に作用しやすい。だが、スライムは目がない」


「……は?」


次の瞬間、スライムの群れが一斉に襲いかかってきた。


「ちょ、ちょっと!? 効いてないじゃん!?」


慌ててポーズを決めてみるものの、スライムたちはぬるんと体を伸ばして、ボクに絡みついてくる。


「ひゃっ、冷たっ……! ぬ、ぬるぬるする~~っ!?」


腕も足もぐにゅぐにゅと締めつけられ、あっという間に拘束状態。

スライムの体液が肌を滑って、服の上からでもゾワゾワする感覚が伝わってくる。


「や、やだこれっ! エッチすぎるぅぅぅ!?」


もがけばもがくほど、体にぴったり張り付いて離れない。

ヴェールまでずれそうになって、ボクは顔を真っ赤にして叫んだ。


「カイトぉぉぉ! 助けてぇぇぇ!!」


――その瞬間。

ザシュッ!


鋭い風切り音とともに、カイトの剣がスライムをまとめて斬り裂いた。

拘束がほどけ、ずるりとゼリーが地面に崩れ落ちる。


「……大丈夫か」


差し出された手。

ゼリーまみれのボクを、何事もなかったみたいに引き上げるその姿が、やけに頼もしく見えた。


「っ……あ、ありがと……」


心臓がバクバクして、顔の熱さがスライムのせいなのか自分のせいなのか分からなくなる。


「……油断するな。お前の力は万能じゃない」


「うぅ……わかってるよ……」


でも、ほんの少しだけ。

ボクは彼の横顔に「きゅん」としてしまったのだった。



◆◇◆



スライムをなんとか片付けて、ゼリーまみれの服をぺちぺち叩きながら進んでいく。


「も~……最悪。ダンジョンデビュー戦の敵がこんな“ぬるぬる羞恥プレイ”なんて聞いてないんだけど……」


カイトは無表情のまま歩きながら言った。


「だが学んだはずだ。お前の力は絶対じゃない」


「ぐ……うん……わかってるけど……」


(うぅ~……助けられたときのカイト、ほんっとかっこよかったんだよなぁ……。いやいや違う、これは恋とかじゃなくて、そう、尊敬!尊敬だから!)


そんな言い訳をしているうちに、ダンジョンの最奥らしき広間に出た。


広い。天井まで届く石柱が並び、中央には赤黒い魔法陣が輝いている。

そしてそこに――。


「よくぞここまで来たな」


声が響いた。

赤いローブをまとった、異様に背の高い男。

背中には黒い翼、手には槍。

……え、絶対ただのスライム番長じゃないよね?


「な、なにこのボスキャラ感……!?」


「……この気配。魔王軍の幹部か」


カイトが剣を抜く。


「幹部!? え、ちょっと待って! 初ダンジョンで幹部ってチュートリアル飛ばしすぎじゃない!?」


男はニヤリと笑う。


「女神の化身……噂は聞いている。貴様を連れ帰れと命じられてな」


「女神の化身!? ……あ、それボクのこと!?」


「当然だ」


(やだ……また変な方向で有名になってる!?)


「未来。構えろ」


カイトの声が低く響いた。

ボクは思わず背筋を伸ばし、ヴェールを直す。


「よ、よーし……ここからが本番ってやつだね!」


震える声をごまかしながらポーズを取るボク。


幹部の赤い瞳がギラリと光った瞬間、空気が一気に張り詰めた。


――ダンジョン調査依頼、まさかの大ボス戦突入!






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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