スライムちゃんの幸せのお水

maricaみかん

第1話

 仕事から帰ると、庭にスライムが倒れていた。青白く透ける水の体から、こちらに手を伸ばすかのような姿で。


「だ、大丈夫? 生きてる?」

「お、お水……」


 甘く響くような、少し高い声だ。悲痛さを感じて、急がないとという気持ちになる。スライムを見るのは初めてだけど、本当に水が人間になったみたいな姿だ。だからきっと、人間よりも脱水が深刻な危機なんだと思う。


 だから、僕は全力で走ろうと決めた。少しでも、目の前の子が苦しまなくて済むように。助けられるように。


「のどが渇いたの? 分かった。すぐ持ってくるから!」

「あり、がと……」


 手と声を震わせながら、スライムは声を出していた。だから僕は、容器を持って井戸へと全力で走っていく。たどり着いたら、力を込めてつるべを引っ張る。重さに歯を食いしばりながら、全力で体重をかけていった。


 そうして水を抱えて、スライムのもとへ戻る。見えた頃には、足が棒のようだった。それでも、気合いだけで足を回し続けて、容器ごと水を渡す。すると、すぐに容器を取り込んで、しばらくして取り出されていく。


「ありがとう。助かったよー。ブランはブラン。あなたは、なんていうのー?」


 笑顔を浮かべながら、スライムはこちらにお礼を言ってくる。その姿を見て、僕はほっと息をついた。ひとまず、元気になってくれたみたいだ。良かった良かった。


 ひとまずは、自己紹介をすれば良いよね。せっかくの機会なんだから、少しくらいは楽しい思い出にできたら良いな。もう大丈夫みたいだし、笑い話にでもしてくれたらと思う。


 まあ、僕の考えるべきことは話題くらいだよね。普通に話していくと良いかな。とはいえ、重い事情だったらお互い困るだろうし、こっちからは聞かない方が良いかもね。


 そう考えて、とりあえず笑顔で返事をしていくことにした。


「僕はクロム。手助けできたみたいで、嬉しいよ。よろしくね、ブランさん」

「ブランでいいよー。クロムには助けられたから、特別だよー」


 ニコニコとしながら、ブランはこちらに手を差し出してくる。握り返すと、とてもひんやりとした冷たさが届いた。プルプルしていて、強く握ったら僕の手の形が刻まれちゃいそうなくらい。


 スライムというのは、人とは全然違うんだな。それを、初めて実感できた瞬間だったのかもしれない。


「ブランは、これからどうするの? すぐには動けないだろうし、うちで休んでいく?」

「どうしよっかー。実は、群れを追い出されちゃったんだよねー」


 少しだけうつむいて、ブランは沈んだような声で話していた。当たり前だ。水に困るような状況なんて、普通じゃない。旅行で失敗して行き倒れた可能性も、あるにはあった。だけど、そう楽観していい場合の方が少ない。考えれば、分かっただろうに。


 群れから追い出されたってことは、行き場もないんだろうな。ここで僕が放りだしてしまえば、どうなることやら。


 もしかしたら、ひとりでも生きられるのかもしれない。ただ、庭で倒れるくらいまで追い詰められていたんだ。良い方向に進む可能性は、あまりないだろう。きっと、僕が手を貸さないと、ブランは不幸になる。最悪、死んでしまうかもしれない。


 そこまで考えたら、もう見捨てるなんて思いは浮かばなかった。ブランが望むのなら、僕が居場所を作ろう。そう思えたんだ。


 決意を込めて、僕はブランと目を合わせた。そして、できるだけ穏やかに話していく。


「良かったら、僕の家で過ごす? あんまり贅沢はできないだろうけれど、君ひとりくらいの生活なら、どうにかなると思うよ」

「いいのー? クロムは優しいねー。じゃあ、お世話になっちゃおうかな。行く場所も、ないからねー」


 あっけらかんと重い事実を語られてしまう。やっぱり、見捨てたらダメなんだろう。なら、頑張らないとね。仕事も増やした方が良いかな。これからの予定を考えつつ、僕はブランに笑いかけた。笑顔で返してくれて、きっと良い未来が待っていると思えたんだ。


 それから、僕たち二人の生活は始まった。僕の運命を大きく変える生活が。


 ブランはいつも笑顔で居てくれて、仕事に向かう活力になってくれた。だから僕は、楽しい時間を過ごしてもらえたらなって思ったんだ。


 例えば、いろいろな食べ物を用意してみたり、一緒に使う家具を買ってみたり。


「ブランは、味の濃いものが好きかなー。甘かったり、辛かったりするやつ」


 そんな事を言われたので、奮発して砂糖をいっぱい使ったお菓子をおみやげに買って帰ったりもした。


「クロムが一緒に食べないのなら、別にいらないかなー」


 ブランの分だけ買ってきたら、そんな風に怒られることもあった。少しへこみもしたけれど、家族ってこういうものなのかなって、心が満たされるような感覚になれたんだ。


 実際、一緒に食べるご飯はとっても美味しくて、昔に贅沢した時なんか比べ物にならないくらい。だから僕は、ブランのためならどれだけでも頑張れるって思えたよ。


 重い荷物を運ぶ仕事を増やして、少しでもブランとの時間を楽しめるように気合いを入れる。やっぱり苦しくもあったけれど、それでもつらくはなかった。ブランの笑顔が見られるだけで、幸せだと思えたから。


 ずっとひとりで過ごしていた時には、想像もしていなかったこと。誰かと同じものを共有することは、胸を暖かくしてくれるんだって。ブランが群れから追い出されたことに、感謝したくなっちゃったくらい。本当は良くないんだけどね。


 ちょっとだけ疲れて、ブランと遊んでいる時にボーっとしちゃう瞬間もあった。その時のブランは、心配そうにこっちを見ていたな。


「クロム、大丈夫? クマができてるけどー。ブラン、邪魔?」

「そんなことない!」

「ひゃっ!」


 僕はつい叫んでしまって、ブランは飛び上がるくらいびっくりしていた。少し感情的になってしまったなって、ちょっとだけ後悔した。でも、ブランが居なくなることなんて考えられなかったから。


 少し一緒に過ごしただけなのに、依存してるなって自分でも思う。だけど、僕の感情に嘘はない。それだけは、間違いないんだ。


「ごめん、ブラン。でも、邪魔なんて言わないでほしい。ブランが喜んでくれるのなら、僕はなんだってできるんだから」

「そっかー。クロムは、ずっと頑張ってくれてたんだねー」


 ブランはこちらに笑顔を向けてくれた。だから僕も笑顔で返したんだ。ただ、それからの時間は、何かを考え込んでいるような様子に見えた。やっぱり、心配をかけてしまったんだろう。でも、今の生活を守るためにも、もっと頑張らないと。


 僕はブランの方を見ながら、息を吸って決意を固めていた。ブランが何を考えているのか知らないまま。


 それからも、僕はブランとの生活を守るために仕事に精を出す日々だった。そんな中で家に帰ると、ブランが出迎えてくれた。とても機嫌良さそうに、ニコニコしながら。


「ねえ、クロム。ご飯を用意したんだー。食べて食べてー」


 そう言って、僕の手を引っ張って家の中に行くブラン。鼻歌まで歌っていて、本当に楽しそうだった。だから僕は、きっとうまくできたんだろうなって思ったんだ。


 部屋に入ると、いくつもの皿が並んでいた。肉料理と汁物、サラダとデザートまで。たぶん、すごく頑張ってくれたんだと思う。だから、食べる前から僕の心は満たされていたんだ。ブランの気持ちだけで、最高の気分になれたよ。


「ありがとう、ブラン。しっかり味わって食べるよ。ブランも一緒に、ね?」

「うん。いっぱい食べてくれると嬉しいなー」


 そして僕はひとつずつ食べていく。どれもびっくりするくらい美味しくて、感動って気持ちを理解できた気がした。


 夢中になって食べ進めていると、視線を感じる。ブランがニコニコしながらこちらを見守っていた。恥ずかしくなって、目をそらしちゃう。


 ちょっと勢いよく食べすぎたことに気がついて、お腹が少し重いように感じた。そこで、コップに入った水を飲んでいく。すると、目を見開いちゃうくらいに美味しかったんだ。


「このお水、美味しいね。何か特別なものでも入っているの?」

「ブランの愛情かなー。美味しいのなら、嬉しいよー」


 そう言いながら、ブランは弾けるような笑顔を見せてくれた。愛情ってことは、きっとすごく手間がかかっているんだと思う。だから、少しも無駄にしないように味わっていく。


 じんわり甘くて、体が暖かくなっていくような感じがする。少し、元気が出てきたような気もする。今なら、いつもの仕事だって苦も無くこなせちゃいそうなくらい。なんて、そんなわけないか。


 でも、きっと明日からの活力になってくれる。ブランの視線を感じながら、僕は出された料理を全部食べていった。


 そして次の日から、またいつも通りの仕事に移る。ブランに活力をもらった甲斐があって、いつもより早く仕事を終わらせられた。気持ち荷物が軽いような気もした。


 家に帰ると、またブランが料理を作ってくれていた。昨日と同じ水も用意されていて、つい、つばを飲んじゃった。広がっていく甘さに、心が縛り付けられていくようにすら思えてしまう。


「どう? 美味しいー?」

「もちろんだよ。昨日も今日もありがとう。ブランのおかげで、また頑張れるよ」

「クロムが元気になってくれたのなら、嬉しいなー。また、用意するからね」


 とても穏やかな笑顔で、ブランはこちらを見ていた。慈しむような感情が見えて、僕も笑顔になれたんだ。


 その日は、とても落ち着いた気持ちで眠ることができた。


 また次の日。重いと感じていた荷物を、楽に運べるようになっていた。美味しい食事がくれる力に、とても感心したよ。それに、良い運び方を思いついたんだ。


 これまでは、ただひとつずつ運んでいた。でも、積み方と持ち方を工夫すれば一気に運べることに気がついた。足の運びもいつもと変えて、荷物が揺れないように。


 満たされた生活をしていると、仕事まで立派にこなせるようになる。そんなことを、僕は初めて知ったんだ。


 全部の仕事を終わらせても、まだ時間が余るくらい。だから、僕は早く家に帰ってブランとの時間を過ごすことにした。


 家に帰ると、扉に近づく段階でブランが飛び出してくる。そして、晴れやかな笑顔で出迎えてくれた。


「クロム、おかえりー。帰ってきてくれたんだー」

「うん。ブランのおかげで、早く仕事が終わったからね。今日は、一緒に遊ぼう」

「分かったー。何をして遊ぶのー?」

「そうだね。トランプなんてどうかな。今日は、なんか調子が良い気がするんだ」

「今回も、ブランが勝つよー」


 そう笑顔で言われて、ついムキになってしまった。神経衰弱をする時は、一個一個しっかりと数字と記号を頭の中で唱えながら覚えていく。すると、だいぶ良い勝負ができた。


 ふだんはブランの半分も取れれば良い方だったんだけど、勝てる時もあるくらいに。手加減されたとかじゃなくて、実力が上がったんだ。そう実感できるくらいに、カードを揃えられたからね。


「クロム、強くなった。ちょっとびっくりかもー」


 そう言いながら、ブランは楽しそうにしていた。いつもは完敗だったし、勝負として楽しめたんだと思う。


 仕事もうまく行っているし、家での生活も楽しい。そんな日々に、僕はブランをもっと笑顔にしたいなって思えた。そこで、本人に聞いてみる。


「ねえ、ブラン。何か、僕にしてほしいことってあるかな。いつも助けられているし、そのお礼に」

「ブランの料理を食べてくれれば、満足かなー。でも、せっかくだから、一緒に寝てみるー?」


 まっすぐな目でそう言われて、少し目をそらしそうになっちゃう。でも、せっかく言ってくれたんだから、恥ずかしがっている場合じゃないよね。ブランの望みを叶えてこそ、お礼と言えるんだから。


 そんな気持ちを込めて、強く頷く。ブランは花開くような笑顔を見せてくれた。


 いつも通りにご飯を食べて、美味しい水も飲んでいく。そして、僕達は一緒に寝た。ブランは途中まで鼻歌を歌っていたけど、やがて静かになっていく。僕も、穏やかな気持ちで眠りについていった。


 そして、僕はブランと結ばれる夢を見た。心の中にある思いを全部ぶつけるような形で繋がる夢を。


 目が覚めると、隣で寝息を立てているブランが見えた。見ていられなくて、視線をさまよわせてしまう。


 しばらくして、ブランはとろけた目でこちらを見てくる。僕は夢を思い出して、目を合わせられなかった。


「クロム、どうしたのー? 恥ずかしかったー?」


 無邪気にそんな事を聞いてきたので、少し罪悪感もあった。ブランはきっと、変なことなんて考えないだろうに。とはいえ、離れるのも少し違う気がして、僕はうつむきながら返事をした。


「うーん、恥ずかしい、のかな……? ブランは恥ずかしくはなかった?」

「ブランは、とっても嬉しかったよー。クロムとくっついてる感じがー」


 普通の言葉のはずなのに、僕の頭にはブランとの行為が浮かんでしまう。きっと僕はどうにかしている。そんな心を振り払うために、頭をブンブンと振る。ブランが不思議そうに見ていたのが、心にきた。


 それから、僕はいつも通りに仕事に向かう。頭の中にブランの姿が浮かんでばかりなのに、仕事は順調にこなすことができた。


 家に帰ると、笑顔のブランが出迎えてくれる。


「クロム、会いたかったー」


 そう言ってくれるだけなのに、どうしてもブランと結ばれる姿が思い浮かんでしまう。性欲に振り回されて、情けない限りだ。僕はため息をつきたくなった。


 だけど、それでブランへの対応を変えるのは違う。きっと、悲しませてしまうから。だから僕は、笑顔で返した。


「今日もありがとう。僕も会いたかったよ」

「また、ブランと遊んでー。それで、ご飯を食べて一緒に寝よー」

「分かったよ。今日もよろしくね、ブラン」


 そして僕は、昨日と同じようにブランと過ごす。だけど、僕の考えていることは昨日と違った。ブランの小さな仕草から目を離せなくて、とても可愛く見えて、ブランのことをずっと見てしまった。


 ニコニコしているブランを見て、僕は自分が情けなくなった。だけど、どうしても視線を向けてしまう自分を抑えられなかった。


 ご飯の時も、布団に入った時も、いつもブランを視界に入れている。おかしいと分かっていても、我慢できなかったんだ。ただ、ブランは僕にずっと笑顔を向けてくれる。それに、心が満たされていた。


 ブランに抱きつかれながら、眠りにつく。甘い香りを感じながら、僕の意識は薄れていった。


 その日は、ブランが僕を誘惑してくる夢を見た。その中で、僕は我慢できずに、ただブランを求め続けていた。


 目覚めると、ブランが僕に抱きついている。その無防備な姿を見て、いけない欲望が浮かんでくる。このままブランと結ばれたいと。


「クロム、大好きー」


 意識のないまま、そんな言葉を漏らすブラン。僕はハッとなって、自分の頬をつねる。ブランの信頼だけは、決して裏切ってはいけない。そう考えて、僕は拳を握って耐える。ブランが抱きつく力を強めてきて、僕は感情を振り払うために必死だった。


 しばらくして、ブランは目を開いていく。ボーっとした目でこちらを見てきて、その姿に色気を感じてしまう。もう、僕はどうにかしちゃったんだろうな。自分で自分を制御できない。


 でも、なんとなく原因は分かる気がする。きっと、僕はブランに恋をしているんだ。出会ってからほんの少しの時間で、もう戻れないくらい。


 恋ってすごい感情だっていうのは聞いていたけど、思っていたよりもとんでもない。


「クロム、おはよう。今日も、できるだけ早く帰ってきてー。一緒に過ごそー?」

「う、うん……。頑張ってくるよ……」

「どうしたのー? クロムが元気じゃないと、悲しいよー」

「大丈夫だよ。元気は、むしろ有り余ってるくらいかな」

「なら、いいけどー。いってらっしゃい、クロム」


 そう言って送り出してくれた笑顔が、ずっと頭から離れなかった。もう、完全にブランに夢中なんだな。僕は自分の感情を自覚して、真っ赤になっていたと思う。


 いつも通りに仕事をこなす中でも、ブランのことばかり考えてしまう。荷物がブランの顔に見えたりして、本当に重症だなと感じた。


 その日も帰るとブランが迎えてくれる。明るい笑顔に、僕はふらふらと引き寄せられそうになっていた。


 近づくと、ブランは華やかな笑顔を浮かべる。そして、いつもより明るい声でこちらに話しかけてきた。


「おかえり、クロム。今日も、よろしくね?」


 そう語る姿が、どことなく妖艶に見えた。それから、ブランと過ごす時間はずっと、強い色気を感じるばかりだった。


 遊んでいる時は優勢の笑みが妖しく見えて、食べている時は口元が色っぽく思えて、寝る時は何もかもがいやらしく感じてしまった。


 そして僕は、寝る前からブランの誘惑する姿を思い浮かべて、甘い声を想像し続けていた。ブランは僕に抱きつきながら、艶っぽい笑みを浮かべていた。


 結局その日は、ブランのいやらしい夢に溺れていた。


 朝起きると、隣で寝息を立てているブランを見る。それだけで、甘い感情で心がいっぱいになっていく。抱きついてくるのを感じて、そっと抱き返す。すると、ブランの柔らかさが強く伝わってきて、妙なことを考えてしまう。


 もう、僕は後戻りできないのだろうな。そんな感覚を抱きながら、ブランが起きるのを待っていた。


 目覚めたブランは、こちらを見てそっと微笑む。甘やかな感情が広がっていくのが分かった。僕に抱きついてくる力を強めるブランに、もう夢中になっていた。


「クロム、幸せ? ブランは今、とっても幸せー」


 とろけたような笑みで言われて、僕の心までとろけてしまいそう。そんな感情を隠せないまま、僕は返事をした。


「うん。ブランと一緒にいられるのなら、ずっと幸せだと思うよ」


 ブランは破顔して、僕を強く抱きしめる。そして離れて、色っぽい目でこちらを見てきた。そっとささやくように、僕の耳元に語りかけてくる。


「じゃあ、今日も早く帰ってきて。ブランと一緒に、幸せになろ?」


 その言葉が頭から離れないまま、僕は仕事に向かう。ブランとどんな遊びをしようか。どうやって触れ合おうか。一緒に食事をする時は、どんな顔をするだろうか。一緒に寝たら。もし結ばれでもしたら。


 ブランがどんな姿を僕に見せてくれるのか。それだけを考えながら仕事をこなし、終えてすぐに僕は家へと走っていった。


 全力で駆け抜けていっても、まるで疲れない。そんな感覚に、高揚感を覚えながら。ブランへの愛を証明してくれるような気がして。


 家にたどり着くと、いつも通りにブランが出迎えてくれる。それだけで、胸の奥がいっぱいになった。


「ただいま、ブラン。会いたかったよ」

「ブランもー。クロム、今日もいっぱい楽しもうねー」


 そう言われて、僕は遊びに移っていく。ただ話をするだけでもとても楽しくて、幸福の絶頂ってこういう事を言うんだなって思えた。


 ブランのちょっとした動きや仕草、表情が心に焼き付いていく。ブランはずっと、僕のことを笑顔で見てくれていた。


 そしていつも通りに、ブランの用意してくれた料理を食べていく。甘い水を飲むたびに、頭の奥が痺れるような感覚があった。とても満たされていて、強くブランを感じられた。


 布団に入ると、ブランの姿を見ているだけで、甘い声が聞こえてくるような気がした。夢で見た、結ばれる瞬間の声が。ブランの何もかもが愛おしくて、抱きつかれるだけで幸福感が湧き上がってきた。


 そして眠りにつくと、ブランと1日中結ばれる夢を見た。ずっと甘い声が頭に響いていて、頭がとろけていくようだった。


 目覚めると、ブランがこちらを笑顔でながめているのが見えた。


「珍しく早起きだね。なにか良いことでもあった?」

「うん。クロムがブランを好きだって気持ち、いっぱい伝わってきたよー」


 そう満たされたような笑顔で言っていて、僕まで満たされていった。きっと、ブランも僕を大好きでいてくれている。なら、もしかしたら。


 少し邪な考えを抱きながら、僕は仕事へと向かう。


 ブランは僕を受け入れてくれるだろうか。本当のブランは、どんな声を出すのだろうか。結ばれた時のブランは、どんな顔を見せてくれるのだろうか。


 ブラン、ブラン、ブラン。それだけが頭の中を満たしていた。ブランという単語を思い浮かべるだけで、笑顔になってしまう。幸せになってしまう。


 その上、ブランの姿を思い描きでもしたら、もう。僕は自分の中で、抑えきれない感情が広がっていくのを感じていた。


 全身全霊をかけて仕事を終わらせ、止まることなく家へと駆けていく。ブランのことしか、頭になかった。家にたどり着くまでが、何よりも遠く思えた。


 玄関に近づくと、これまで見たこと無いくらい弾ける笑顔のブランが目に入る。ブランはそっと、僕の手をつかんで家に迎え入れてくれる。


 そして、つややかな笑顔で僕を抱きしめてくれる。その顔を見て、僕の感情は受け入れられているんだと思えた。


「ねえ、ブラン。良いかな?」


 頷くブランを見た瞬間、僕はブランにキスをした。そっと頭に手を回され、ブランがこちらを貪ってくる。いつも飲んでいる水と同じ、染み込むような甘さを感じた。


 それからは、僕は夢中になってブランを求めるだけだった。遊びも食事も忘れて、ただ甘やかな感覚に溺れるだけ。幸せそうに微笑むブランを見て、僕は正解を選べたんだって思えた。


 夜中まで僕達は繋がり続けて、そして布団でふたり横になる。食事を忘れていたのに、お腹が空くような感覚なんてなかった。ただ心も体も満たされている。僕はすべてを手に入れたかのよう。


 ブランは僕を抱きしめながら、そっと触れるようなキスをした。それだけで、頭の奥底まで甘さで支配されていく。僕はもう、ブラン以外の何も見えない。そう確信していた。


「クロム、満足した?」

「もちろんと言いたいけど、どうだろう? まだまだ足りない気もするし、今日は十分な気もするよ」

「なら、また明日もねー。今度は、食事もしっかり取ってー」


 そういえば、ブランはお腹が空いていたりしないだろうか。ふと心配になって顔を見ると、穏やかな笑顔をしたまま。まあ、一晩くらい抜いたって、どうってことないか。


 ブランが僕を抱きしめる力が強まるのを感じながら、包まれるような優しさに満たされて僕は眠りについた。


 もう、ブランを求める夢は見なかった。


 次の日、甘く微笑むブランの姿を見ながら目覚める。ブランはそっと僕の頬に触れながら、心から愛おしげに僕を見てくれていた。


「仕事、頑張ってねー。今なら、結構楽でしょー?」


 言われた通り、もう仕事なんて流れ作業のようにこなせる。どれだけ重いものだろうと、どれだけ複雑な道だろうと、鼻歌交じりで運びきれるだろう。


 だから僕は、今日もブランと結ばれることだけを考えながら仕事を終わらせた。


 そして帰って、またブランとの時間を過ごす。ふたりで繋がりながら、ずっと。食事の時には、ブランは形を変えてくれていた。僕は食べる時でも、ずっとブランに触れ続けていた。


「クロムと仲良くするの、さいこー。また明日も、よろしくねー」


 そんな事を言われながら、食事の最後に水を飲んでいく。その甘さに、ブランとキスをしたくなってしまう。唇を見ていると、吸い付かれた。魂までとろけるような甘さが全身に染み渡って、僕はただブランの味だけを感じていた。


 ブランが満足した頃に、僕達は布団へと向かう。抱きついてくるブランのひんやりとした柔らかい感触だけで、僕は何も考えられなくなってしまう。


 ただ、僕は誰よりも幸せだ。それだけは、間違いないと感じていた。満たされたような心地で、眠りにつく。


 それからは、僕はブランのことだけを考えながら仕事をこなし、帰ってからはずっと結ばれる日々を過ごしていく。そんな毎日を過ごしていた。しばらく経った日の朝、ふとブランに気になったことを問いかけた。


「ブランは、どうして僕の家で倒れていたの?」

「化け物だって追い出されて、何も考えてなかったかもー」


 言葉の割に、とても幸せそうに語っている。僕はブランの幸福を作れたんだ。そんな満足感が、頭を満たしていく。


「じゃあ、たまたま僕達は出会ったことになるね。その偶然に、感謝しないとね」

「うん。ブランは今、さいこーに感謝してる。クロム、大好きだよ」


 その言葉を受けただけで、僕はブランしか見えなくなっていく。そっとキスをすると、激しく抱きつかれて求められる。


 しばらくして、少しだけ離れていく。名残惜しさに、つい手を伸ばしそうになってしまう。そしてブランは、僕の耳元でささやいた。


「ブランのお水で、幸せになれたでしょー。これでクロムは、全部ブランのものだね」


 その響きに、僕は身も心も甘く溶かされていくような心地になった。目の前にいるブランしか見えなくなって、また求めていく。


 ブランが笑みを深めていく姿が、僕の心を満たしていた。

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