無題の彫刻

ももかん

0.とある工房

「これがかの地より渡ってきた石材か」


 壮年の彫刻家が、目をすがめながら作業台の上に置かれた「それ」に触れた。


「はい、聞いていた話より、そのう……ずいぶんと、小さいですが……」


 工房の中でも一番若い弟子が、所在なさげに応える。


「師匠、……申し訳ありませんでした!

 これは私が責任を取って返してきます。いくらなんでも、あまりに話と違いすぎる……」


「いや」


 師は掌で弟子を制した。


「せっかくはるばる遠い地からやってきた貴重な石材だ。私はこやつを歓迎してやりたい。

 ――これもなにかの縁だ。この石材で、作品を作ろうと思う」


「しかし師匠、この石材だけではとても王に献上するようなものは作れませんよ?」


「ひとつ、彫ってみたい題材があるのだ。陛下には献上しない。あくまで試作だ」


 師は石から目を離さずに、低い声でつぶやいた。


「お前は――


 弟子は、その問いかけが自分になされたものだと気づいて、驚きながら言葉をそのまま返した。


「限りのないもの、ですか?」


「そうだ」


「それは…………どのくらい大きいのでしょうか」


「我らが解るような大きさではない。そもそも大小とも限らんのだ」


「ということは……。…………! 持ち上げられないくらい、重いのでしょうか!?」


「……。…………………………」


 師は横目で弟子を見て、彼に悟られぬよう静かに嘆息した。


「もういい。私はしばらく自室に籠る。あそこに誰も入れぬよう、お前からも皆に伝えてくれ」


 師は石材を持ち上げると、そのまま工房の奥へ歩き始めた。


「すみません。せっかくお話しいただいたのに、私はどうやら師匠のお言葉をさっっっぱり! 分かっていないようです……」


「よい。気づいていたことだ」


「でも分かっていることもありますよ」


 師は足を止めた。


「ほう? なんだ、言ってみなさい」


 弟子は気持ちの良い笑顔で断言した。


「師匠の次の作品も、誰もが虜になるような、大名作になります」


 師匠は振り返ることなく、弟子に向かって空いた片腕を突き上げて、そのまま部屋へと入っていった。

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