Starting On

Record.0 Down of Kaiseidai.

 某日、某全国大会にてそれは起きた


 コート上に何者も聞いた事のない打音が鳴り響いた


 既存の強豪校達、そして観客席に座る人々が沈黙した


 風が止まり、人の動きが止まり、そして時すらも死んだこの瞬間


 その場にいた全ての人々が声を出せず


 勝利とは、そして強さとは何かを突き付けられた


 誰もが他の追随を許さないその存在を見て


 畏怖の感情から手を震わせた


 世に云う「海生代の大躍進」の始まり


 常識を破壊する“打音鐘の音”を耳にした者達は絶望を抱いた


 高校テニス界史上最強と謳われた


 “ 海 将 ”


 影村 義孝かげむら よしたかの出現だった



 新青森総合運動公園 高校総体(インターハイ)テニス競技最終日 決勝戦


 全国に名声轟く強豪校達。各々が技量、フィジカル、戦術を磨いて挑む今大会。かれらは皆、打倒 “5人の天才” を掲げ今まで準備を怠らなかった。一人の逸脱した強さを持った男を除いては、それが普通の目標だった。


 「まさか八神が龍谷に敗れるなんてな。」

 「パワーバランスが狂っちまった。対策必須だよな...おい、あれ。」

 「あれはもう別次元の連中だ。竹下が龍谷とやりあえるぐらいで、そこから先はな...」

 「はぁ、あの大会以来...毎年の様にこんな事言わなきゃならないなんてな。お疲れさん。」

 「これも時代か。」


 強豪校の選手達が噂話をする中、名を挙げた全県杯から更なる成長を遂げた海生代高校。その集団が歩く姿を見た選手達は言葉を失う。会場に入場してくる黒い集団を見た強豪校の一人の選手が放った何気ない一言。それは瞬く間に周囲の選手達へ無力感を伝染させた。



 「見ろよ。絶望が来やがった。」



 黒いパーカー型のジャージを羽織った集団。影村を先頭に列をなして歩く姿。「絶望が来やがった。」という言葉は、同じ世代全てのテニス選手達が抱いた、時代を象徴する言葉となった。


 「 海生代の大躍進 」


 背中に「,海」の刺繍が入った黒いジャージの集団。厳しい地方での激闘を制してきた古豪達も、その集団を一目見た途端、絶望の淵へと叩き落とされた。影村達の世代が引退したその翌年には、現プロテニスプレーヤとして世界を駆ける吉野が、そして翌年も全日本選手権優勝者の的場まとばの名があげられる。それ程の分厚い選手層を誇った。


 いつしか弱小校と呼ばれた海生代高校は、“ 強者の巣窟 ”と化した。


 影村の圧倒的無慈悲な強さと無意識に繰り出されるスーパープレーの数々、そして天才達による手に汗握る熾烈なライバル争い。この3年間は選手豊作の時代だった。


 彼らが太陽の日差しを逆光に受けながら、ジャージの背中に描かれた波模様と「,海」の文字がはためく。更にはそれが集団となって「ここに大きな戦力がいる」と言わんばかりに逞しく勇壮だった。



 何物も寄せ付けない。そして時代が変わっても色あせないその象徴は、日本テニス史に延々と語り継がれるだろう。影村は高校2年生の年、高校テニス界の4大大会(インターハイ、国体、全県杯、全国選抜)を制した。これは前人未到の快挙となった。


 

 全ての選手が黒い集団を見て絶望した。私もその一人だ。特に彼らの3年生時の迫力は凄まじい。“海将”影村、“天才”竹下、“トリックスター”高峰、“鉄壁”山瀬の4人、そして後ろに吉野、的場という未来の“歴代海将”が続いた。今思い出してもあの迫力に身震いが収まらない。こうして過去を思い出し筆を握っている時もそうだ。黄金期を迎えた海生代高校を前にした全ての高校生プレーヤー皆が、この時代めぐりあわせを恨んだ。そういう時代だったんだ。


   — 「回顧録 天才と呼ばれた男」より 著者: 矢留 誠二 —



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コート上の海将 ― Y/K Out Side Joker . —【The Short Edition.】 高嶋ソック @sock-t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ