リペアガールはくじけない

花 千世子

第1話 ゆううつな朝

 寝ぼけていたせいで、炊飯器のご飯が炊く前の状態のお米に戻った。

 そのせいで慌てて冷蔵庫に触ったら、まるっと中身が戻った。

「帰ったら謝ろう」とつぶやき、わたしは急いで家を出る。

 梅雨の晴れ間なのに心は曇り空のままの中学へ登校。

 特大のため息をつきながら、わたしは一年一組の教室のドアを開けた。

美織みおり、おはよ~」

 先に教室にいた友人の美織に挨拶をすると、彼女は黙ってじっとこちらを見た。

「なに? なんかついてる?」

 わたしが首をかしげると、美織はさらさらと音がしそうな長い髪の毛を手で払う。

「おはよう。新菜にいな。昨日、何時に寝た?」

「え、夜十一時ぐらいだけど」

「本当に? 一旦、十一時くらいに寝て、また深夜に起きてた、とかない?」

 美織は怒っているというよりは、心配するような表情で聞いてくる。

 それにしても、なんでこんなに心配されてるんだろう? とわたしは昨夜の記憶をたぐり寄せてみる。

 夜の八時頃に美織からメッセージが来て、その内容を見て驚いたときに右手でスマホを……。

「昨日の美織からのメッセージは見て、そこからうっかり寝落ちしちゃってた」

 わたしがそう答えると、「やっぱり……」と美織は小さくため息。

 わたしはといえば、嘘をついている罪悪感で胸がズキズキと痛い。

「新菜って本当に寝落ちが多いよね。心配になるよ……」

「いつもは夜十一時に寝てるよ~。最近はたまたま寝落ちが多いだけで」

「ミルちゃんの深夜配信の日も?」

「それはまた別だし、ミルちゃんの深夜配信は月に一度あるかないかだから」

「寝落ちしてメッセージ削除したり、ゲームのアプリまで消しちゃったりするって前にいってたよね。ちゃんと寝なきゃダメだよー」

「メッセージとかアプリ消しちゃうのは、ほら、手袋してるとスマホの操作しにくくて」

 わたしはそういい訳をして、自分の右手を見た。

 右手には白い手袋をはめている。

『右手の湿疹がひどくて無意識にかかないようにしている』という設定で。

「手袋してると不便そうだよね」

「わたしは左利きだからそこまで不便じゃないんだけどさあ」

「なんにしても頻繁に寝落ちするほど、夜ふかしなんかしちゃダメです」  

「わかりました。早く寝まーす」

 わたしはそういって笑うと、美織も笑い出す。

 なんとなくホッとして、わたしはふと思い出した。

「あっ。今日、わたし日直だ。面倒だけど職員室行ってくるね」

 わたしはそれだけいうと、教室を出た。

 

 スマホ、どうしようかなあ。一カ月前に戻っちゃったから、また入れ直さなきゃいけないアプリあるな。

 あーもー! 本当にこの能力、面倒くさい!

 そんなことを考えつつ、廊下を歩いていると右足の裏に違和感。

 それと同時にバキッという音が聞こえた。

「えっ」

 わたしが慌てて足をどけると、その下にはスマホがあった。

 画面はバキバキに割れていた。

 わたしのスマホではないから、これはだれか別の人のスマホ……。

 途端に顔から血の気がサーッと引いていく。

「あっ! それ、おれの!」

 そういってわたしが踏んだスマホを慌てて拾いあげたのは、ひとりの男子だった。

 その男子を見て、わたしは途端に凍りつく。

「ご、ご、ご、ご、ご、ごめんなさい!!!」

 わたしが謝ると、男子は呆れたようにいう。

「『ご』が多いな!」

「お願いします! どうか命だけは……」

「はあ?! べつになんもしねーよ」

 男子はそういって笑い出した。

 それからその男子は画面が割れたスマホを見て、「あーあ……」とため息。

 わたしは、そーっとその男子を見る。

 彼は、同じクラスの古賀大和こがやまとくんだ。

 古風で真面目そうな名前とは正反対に、古賀くんは見た目がとても不良っぽい。

 金色の髪の毛、気くずした制服、そして鋭い目。

 まともに会話をしたことはないけど、絶対に常にケンカとかカツアゲとかしてそう。

 よりにもよってそんな不良のスマホを壊してしまったなんて……! 命がいくらあっても足りない。

 まずはお金で解決できるかどうかを確認しよう。

「あの、もちろん弁償します!」

 わたしがいうと、古賀くんはスマホを拾いながら答える。

「別にいらん」

「でも、そういうわけには……」

「だってわざとじゃないんだろ?」

「はい! それはもちろん!」

「じゃあ、もういいって。廊下に落として気づかなかったおれも悪いし」

「でも、やっぱり弁償します」

「あーもー! うるせえ! このことは忘れろ!」

 古賀くんの大声に、わたしはビクッとして黙りこんだ。

 そして、古賀くんはさっさと教室に入っていった。

 助かった……のか?

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