第34話
第34話 数値の独裁者(Target30人目)
名前は滝川尚人。
表向きは大手SNSプラットフォームのデータアナリスト。だが裏では「数値を売る男」と呼ばれ、フォロワー数・トレンド・広告収益の上下を自由自在に操作してきた。
彼が触れるだけで、無名の人間が一夜にしてスターになる。逆に、気に入らぬ者は炎上の地獄へ突き落とされる。その力の源は、データベースの奥深くに仕掛けられた「裏口アルゴリズム」だった。
炎上当時、水瀬アカリの名前をランキング最上位に固定し、関連ワードを赤く点滅させるように細工したのも、彼の仕業だった。
――真実よりも、数字が勝つ。
滝川の信念は、冷酷なまでに単純だった。
その夜、滝川は暗いオフィスでモニターを睨んでいた。
壁一面に並ぶスクリーンには、数字の海が流れ続けている。
フォロワー数の増減、インプレッション、リツイート、広告クリック率。
小さな数字が滝のように流れ込み、全てを支配する。
「いいぞ……。この上昇カーブ、美しい……!」
彼にとって、人間の価値は数字の波形でしかなかった。
どれだけ努力しても、どれだけ才能があっても、数字がなければ無だ。
逆に、数字さえあればどんな虚像でも神輿にできる。
その絶対的支配に酔っていた。
だが、その数字の流れに、妙な「ノイズ」が混じり始めた。
最初は小さな違和感だった。
モニター上に「0」と「1」が、不規則に点滅する。
滝川は眉をひそめる。
「……何だ? ただのエラーか」
だが、その点滅は徐々に形を成し始めた。
まるで人の顔のように、数字が配置される。
──アカリ。
唇が勝手にその名を呟く。
同時に、耳の奥で囁きが響いた。
> 「数字で私を殺した。
だから今度は、数字であなたを呑み込む。」
滝川の心臓が跳ねた。
振り返っても誰もいない。
ただ、スクリーンの無数の0と1がこちらを睨んでいた。
幻覚は、次第に現実を侵食していく。
手元のキーボードに「0」「1」が浮き上がり、指に焼き付く。
電流のような痛みが走り、彼は思わず叫んだ。
「ぎっ……! な、なんだこれはっ……!」
皮膚が焼けただれたかと思うと、黒い数字の刻印が腕に浮かび上がっていく。
それは血管を這うように全身へと広がり、彼の肉体を数字の鎖で締め上げていった。
息が詰まる。
脳裏に蘇るのは、かつて操作した数々の「数字の犠牲者たち」。
ランキングを買えずに潰れた弱小クリエイター。
根拠のないトレンドに巻き込まれて叩かれたタレント。
広告収益を操作され、破産した小企業。
すべて、彼の指先ひとつで数値に変換され、捨てられた命。
その声が、数字となって押し寄せてくる。
オフィスの床が抜け落ちた。
滝川は、無限に広がる「デジタルの奈落」へと落ちていく。
流れるのは、黒と白の数字の雨。
空も大地もなく、ただ0と1の羅列だけが存在する空間。
その中で、彼は数字に絡め取られていく。
足が崩れ、二進数のコードに変換される。
指先はキー配列となり、脳は統計表へと変わる。
「や、やめろ……! 俺はまだ……操作できる……!」
必死に手を伸ばすが、コードの波が彼を呑み込む。
その中心に――アカリの影が立っていた。
冷ややかな瞳で、彼を見下ろす。
> 「あなたは、数字の奴隷。
そして、数字に喰われて終わる。」
滝川は最後の叫びを上げる。
「俺が、世界を動かしたんだ! 数字が全てだ! 俺は支配者だあああああああ!!」
だがその声すら、波に呑まれてノイズに変換される。
――彼の体は無数の「0と1」となり、ばらばらに分解された。
光のコードの奔流が彼を解体し、数字の海に還元する。
断末魔もなく、ただシステムの一部へ。
滝川尚人という人間は消え、ただのデータ片となった。
体は、椅子に座っている。体は・・・・・
モニターに残ったのは、一行のログだけだった。
[User: Takigawa_Naoto] → deleted.
アカリは椅子に座り、静かに画面を閉じた。
「数字で人を殺した男……。
数字に殺されるのは、当然の帰結よ。」
暗い部屋の中、彼女の瞳だけが冷たい光を宿していた。
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Target:30人目、消去。
Next Target:選定中……
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