第33話
-第33話 Target29人目:感覚強奪者
彼の名は―― 日下部レンジ。
職業は「感覚エンターテイナー」。最新のVR・感覚共有システムを操り、嗅覚・味覚・触覚、さらには痛覚までをリアルに再現する事業を展開していた。
表向きは「未来の娯楽産業の旗手」と称賛されていた。
だが裏側では、客から感覚を吸い取り、ねじ曲げ、加工して提供する「闇のショー」を仕切っていた。
金持ちは、平凡な人間の味覚や匂いには飽き足らず、より強烈で異常な刺激を欲しがる。
そこで日下部は、一般客の感覚を裏で盗み取り――
例えば、事故で火傷した者の「皮膚の焼ける痛み」や、吐き気を伴う悪臭を嗅いだ瞬間の「耐え難い匂い」を、娯楽として売りさばいていた。
それはもはや「現実の地獄の断片」を金持ちが味わうための娯楽だった。
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アカリは知っていた。
この男が、かつて自分の炎上の渦中に暗躍していたことを。
「炎上少女の精神崩壊VR」――。
日下部は、アカリがネットで罵声を浴びていく姿を再現し、人々に「彼女の心が折れる瞬間の痛覚・嗅覚・味覚的な錯乱」を仮想体験させたのだ。
それは彼女にとって、二度目の公開処刑だった。
許せるはずがなかった。
日下部のアトリエは、黒光りする無数のヘッドセットと、人体を模したシートで埋め尽くされていた。
そこに集うのは選ばれた富裕層。皆、ヘッドセットを装着し、恍惚とした表情で「他人の苦痛」を味わっていた。
「さあ、今夜は特別メニューだ。溺死寸前の感覚と、肝臓を焼かれる痛みのミックスを――」
日下部が口角を吊り上げると、歓声があがる。
その瞬間。
システムに侵入した「影」があった。
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参加者たちの映像が乱れ、次々と苦悶に顔を歪める。
「な、何だ……?これは……」
客たちはヘッドセットを外そうとした。だがロックされて外れない。
日下部が慌てて制御盤を操作する。
「誰だ……?誰が侵入を……」
モニターに文字が浮かび上がる。
《ネットリンチは、許さない!!》
日下部の目が血走る。
「……水瀬アカリか……!クソ女がッ……!」
次の瞬間、彼自身の端末が暴走した。
強制的にヘッドセットが装着され、視界を奪われる。
「う、うわあああっ!」
彼の体に「感覚」が雪崩れ込んできた。
皮膚が剥がれ落ちるような焼ける痛み。
鼻腔を突き破る腐敗臭。
口中を覆う鉄錆の味。
眼球を抉られるような鋭痛。
心臓を握り潰される圧迫感。
それらが、千倍に増幅された強感覚として、一気に脳を焼いた。
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「ぎゃあああああああああああああああああああああッ!!!」
彼はシートの上でのたうち回り、骨を折るほどの痙攣を繰り返す。
富裕層の客たちは恐怖におののき、必死に逃げ出した。
だが、日下部だけは解放されなかった。
彼がかつて売り物にした「他人の痛み」「他人の恐怖」「他人の苦痛」。
それをすべて、一身に背負わされ、増幅されて返される。
――アカリの裁きによって。
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日下部は、絶叫とともに喉を裂き、最後には泡を吹いて崩れ落ちた。
虚ろな目は開いたまま、恐怖と苦痛の最期の瞬間に固定されていた。
静寂。
アトリエには、燃え尽きた機械音だけが残る。
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アカリの声が、モニター越しに低く響いた。
「感覚を奪い、人を奴隷にする者――その結末は、地獄そのものよ」
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Target 29人目:感覚強奪者・日下部レンジ ― 消滅
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