同い年の君へ

りょう

第一話  関係

──4月8日。午前7時20分。


穏やかな空の下、自転車をこぐ一人の男子生徒がいた。


満開の桜の下、川沿いの遊歩道を抜け、横断歩道を渡り、学校が視界に入るとペダルをこぐ足から力を抜く。


登校中の学生を追い抜き、校舎裏の自転車置き場に自転車を停めると、男子生徒は昇降口に向かった。入口には一定間隔で紙が貼られている。


(えーと、俺のクラスは──2年5組か)


男子生徒の名前は安倉良丞(やすくらりょうすけ)。ここ──田布路木中学校の2年生だ。身長は167センチ、体重55キロ、陸上部に所属していて400メートルを専門にしている。


華奢だが鍛えられた体には筋肉が程よく付いている。九州男児っぽい少し濃いめの顔立ち、二重のくっきりとした目、高めの鼻が特徴的だ。


(1年の時は2組だったからなぁ……)


上履きに履き替えた良丞は軽い足取りで階段を上り、2階の奥へと進んでいく。人気のない廊下に足音が響く。


老朽化した校舎を数年前に全て取り壊し、町が多額の費用を出資して建て替えたこの校舎は、宇宙船を模して作られている。屋上に設置された大型の天体望遠鏡はまさにそのシンボルだ。


昇降口から入ると真正面に階段があり、1階から3階まで右手に教室、左手に保健室や職員室、特別教室などが並んでおり、廊下の奥は吹き抜けの通路で繋がっている。



(入学式だからって来るの早すぎたな……先生来るまで少し寝て──)


「やっすーん!」


背後から聞こえた声に良丞が振り向くと、声の主がにこにこ笑顔で小走りで近づいてくる。


「おー!勇人おは──」


「やっすんと一緒のクラスだあぁぁっ!」


「ぐほあっ!」


勇人と呼ばれた男子生徒は走ってきた勢いのまま良丞に飛びつくと、そのまま抱きしめるように背中に腕を回した。


「…ゆうと、ちょっっっとだけ痛かったぞ?」


良丞は勇人の頬を両手でつまむと、左右に思い切り引っ張った。


「い、いひゃい……」


「俺も痛かったからおあいこな」


「やっすん見かけて嬉しかったからつい…ごめんよぉ」


──ったく。良丞はため息をつくと勇人の顔から手をはなし、勇人と話しながら教室に向かった。


岩本勇人(いわもとゆうと)。良丞と同じく中学2年生で剣道部所属。身長162センチ、体重87キロ。


ぽっちゃり体型で首回りや手足が太い。《犬っぽい顔》の勇人は顔だちこそ幼かったが、あまり感情を顔に出さない良丞と比べると、温かみのある顔をしている。


勇人とは1年の時は別々のクラスだったが、共通の友達がきっかけで話すようになり、今では常に一緒にいるくらいの仲になっていた。



「やっすん、今日部活?」


教室に着いて荷物の確認をしていた良丞に勇人が尋ねた。


「うん部活。種目の転向確認とかもするらしいんよね。俺は変えないけど……勇人は?」


「やっすん出るなら俺も出ようかなぁ…一緒に帰りたいし」


「いや帰る方向違うじゃん」


「途中まで一緒だろー」


「じゃあ部活終わったら武道場行くわ」


「あいよー」



朝のホームルームと入学式を終え、教室でレクリエーションをしている最中、担任の話半分に良丞は離れた席に座る勇人の背中を眺めていた。


(勇人、かわいいよなぁ……でも何なんだ、この気持ち…なんで、勇人は男なのに、こんなにドキドキするんだろ…)


少し猫背の、丸い背中を後ろから抱きしめたいと思ってしまう。良丞にとって初めての感覚。小学生の時は普通に女子にキスしたり告白したりしていた。今でももちろん女子が好きだ。


朝もそうだ。抱きつかれた事で心拍数が一気に上がってしまった。シャツの上からでも伝わった勇人の肌の柔らかさ。《お返し》こそしたものの、緊張が勇人に伝わっていたかもしれない。


担任からプリントが最前列に渡される。


後ろの席にプリントを回して行く時──勇人と目が合った。目を細めて、無邪気に笑う。


体温が上がるのを感じて、良丞は目を逸らすことしかできなかった。



部活終わり、面や袴を脱ぎ、剣道着から学生服に着替えた勇人は道具を片付けながら、良丞が来るのを待っていた。


(やっすん遅いなぁ…今日はもう陸上部終わってるっぽいのに……)


武道場はグラウンドに面している。足元に地窓があるため外の様子は逐一確認可能だ。グラウンドは野球部と陸上部が使用しており、野球部は練習していたが陸上部は数人が残っているのみだ。


視力こそあまり良くないが、勇人は良丞を別の誰かと見間違えたことはなかった。


(帰ったのかな…でも、やっすんそんな事したこと無いし……)


グラウンドに行くべきか、どうしようか。勇人が迷っていた時だった。武道場のドアが開く音がして、振り向いた勇人の視線の先に良丞が立っていた。


「もー!やっすん何やって──」


──何やってんの、待ってたんだよ!と言うつもりだった。


「やっすん、どうしたの?何かあったん?」


「ごめんごめん!部活終わってから教室に忘れ物したの思い出してさ、取りに行っとったんよ」


「…本当にそれだけ?」


「そうだけど、何で?」


「…いや、何でもないならいいよ、帰ろ?」


「うん、遅くなったお詫びじゃないけど、ジュースおごるからさ、許して」



コンビニでジュースを買ってもらい、川沿いの遊歩道で良丞と別れる。自転車をこぐ良丞の背中を勇人は見つめていた。


(やっすん…何か隠し事してた。言って欲しかったな)


武道場の入口で、思い詰めた表情をした良丞の顔を思い出しながら、勇人は帰路につくのだった。

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