【Ver1.0】称号〈追放者〉から始める新大陸探索のすすめ
雪村 トオル
『Paradise Jail Online』 Ver1.0
第1話 ドキドキ〈追放者〉デイズ
レベリングで討伐した魔獣の素材を換金してもらおうと思い、ちょうど目の前を通りかかった商人のNPCに声をかけて、取引申請を飛ばしたものの、「神に呪われた穢らわしい犯罪者め」などと罵られ、見事に交渉は決裂。
そもそもこれを交渉と言って良いものだろうか。
持ち前の鋼のメンタルで商人NPCの暴言を華麗にスルーした俺は、ならば装備の修繕を依頼しようと腰の鞘にしまってある愛刀――「毒邪竜の双牙」という厨二心をくすぐる名の双剣を見せようと右手で片方抜いたところ、傍に居た別のNPCによって警護騎士団に通報されてしまった。
商人NPCの彼は「殺される」、などと前衛的な冗談を言いつつ腰を抜かしてしまっている。
取り敢えず俺は彼が起き上がるのを助けようと思い立ち、少し屈んで双剣の柄を持っている右手とは逆の、左手を差し出してやった。
これぞ神の唱える隣人愛というものであろう。スマイルもサービスで追加しておいた。大盤振る舞いである。
すると何故か商人NPCの呼吸が更に荒くなり、目に見えて顔色が悪くなった。
過呼吸だろうか。いや、風邪で体調が悪いのかもしれない。
NPCも風邪を引くのか…、良い豆知識を得た。後でギルドの皆にも教えてやろう。
結局、差し伸べた俺の左手を無視して商人NPCは立ち上がって走り去ってしまった。
俺の繊細なクリスタルハートにヒビが入る。なお真っ赤な嘘である。
「また貴様かッ! ジェダン!」
通りの人混みをかき分けてやって来たのは治安維持の為の騎士団だった。ちなみに彼らもNPCである。
そしてジェダンとは俺のプレイヤーネームだ。この名前は唯一無二である。検索しても何も出てこないはず。
騎士団の先頭に立つ銀髪の渋い顔立ちの男の職業は騎士の上位職である聖騎士だ。確か彼はレベル19だった。
そして俺のレベルは9だ。そう、聖騎士の彼のレベルのちょうど半分にすら満たない。
さて、俺達プレイヤー全員の名誉の為に言わせてもらうが、このゲームのレベルバランスは著しく狂っている。
このゲームがリリースして早3ヶ月、一部のトッププレイヤーがレベル上げに奔走したものの、現時点でのプレイヤーの最高到達レベルは14だ。
ちなみに彼らのレベリング手段はほぼPKである。曰く、経験値は魔獣より人間の方が美味しいらしい。彼らに人の血は流れていないのだろうか。
蛇足だが商人や生産職のレベルは基本的に戦闘職よりもっと低い傾向にある。
「…申し開きはないのだな?」
突っ立ったままの俺に我慢の限界を迎えたらしく、聖騎士のNPCはすらりと剣を抜いた。
うわ、『聖属性Ⅱ』のエンチャントがされている。くそっ、まばゆい。
さて、俺は彼に一撃で羽虫を払うが如く殺される未来が見えたため、さっさと逃げる事にした。
未来は…変えられるんだッ!なお未来視の力ではない。ただの経験則である。
俺はダッシュで加速して、騎士団から距離を取りつつ、インスタントスキルの『強化跳躍』で宙に高く跳ぶ。
次いでタイミング良く『多段跳躍』を起動させ、5メートルほど上にある民家の屋根に飛び乗った。
使用した2つのインスタントスキルのクールタイムが59秒と表示されている。
そう、この『多段跳躍』はまごうことなきゴミスキルだ。
プレイヤーレベル7に到達した戦闘職全種が習得できるこのスキルは、
よって実質このスキルは地上空中問わず一段ジャンプできるだけ、という代物なのである。
もちろんそれだけでも十分であるが、やはりスキル名詐欺はいかがなものかと思う。まあいい。
「フッ……」
どうだ聖騎士よ、そんな重たげな甲冑を装備していてはこちらへ追いつけまい、と俺は屋根の上から聖騎士らを見下ろすために振り返った。
俺は勝利を確信していた。
だがなんと聖騎士は腰を一瞬深く沈めた後、高く跳躍して、轟音と共に屋根に飛び乗ってきた。
その鎧は布か紙か何かなのだろうか。そもそも脚力だけで5メートル近く跳べるのはおかしいのではないだろうか。
俺はFキーを連打した。ダッシュである。あんなバケモンとやってられるか。
高レベルゆえの鬼フィジカルで屋根まで追ってきたバケモン聖騎士と、移動系インスタントスキルを駆使して逃走する俺の差がなかなか伸びない。
ダッシュだけであの速度とか怖い。
(くそッ⋯、死んでたまるかァ!)
死ぬとプレイヤーの次レベルまでの余っている経験値とランダムで選択された所持品をロストしてしまう。
今はちょうど経験値が半分くらいまで貯まっているので絶対に殺される訳にはいかないのだ。さもなくば俺の3連休が水の泡となる。
クールタイムだった『強化跳躍』が復活したので取り敢えず即座に使用した。ダッシュと同時に押すことで、俺はグンと加速した。
よし、かなり距離が開いたぞ。このまま逃げ切れるかもしれない。
そして、俺はスキルの着地地点を見誤った。本当なら俺は勢いよく民家の屋根から飛び出し、通りを越えてもう一つ先の建物へ……届くはずだった。
だがどこまでも現実は非情だった。どうかVRゲームだから厳密には現実では無い事をツッコまないでほしい。
やけにスローモーションで傾いていく視界。皮肉にも晴れ渡った青空を見上げる事しか出来ない俺はただ絶叫した。嗚呼、死にたくない。
一瞬の浮遊感の後に、やや湿った音を立てて俺は地面に叩きつけられた。
[SYSTEM] 落下ダメージ:97(現在HP0/85)
[SYSTEM] プレイヤー《ジェダン》が死亡しました。
[SYSTEM] 所持アイテム《ポーション×7》《アルミラージの足×5》をロストしました。
[SYSTEM] 所持経験値:59% → 0% に減少しました。
リスポーンの読み込みバーが無言で進む。
俺は涙を飲んで台パンをした。
Now Roading...
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