どうせみんな死ぬ。~本編(前編)~

さくらのあ

プロローグ

 強かった。彼は、すごく、強かった。


 だから、二回も死んでしまったのだろう。


 弱かった。私は、すごく、弱かった。


 だからきっと、死なずに今、ここにいる。


 今ここにいるおかげで、運命の恐ろしさを誰よりも知っている。


「なあ、まな。これを、預かっていてくれないか」


 あのとき手渡されたのは、金色のランプ――オイルランプだった。


「預かってって言われても……。これ、中に願いを叶える魔人が入っているんでしょう? それも、あたしの記憶が正しければ三つとも願いを使った後だと思うけれど」


 願いを叶えるランプは世界にたった一つ。いや、世界という言い方は正しくない。世界はすでに三つあるわけだから。


 だから『ランプの魔人は一人しかいない』と言ったほうが適切かもしれない。時の流れを正しく記憶している存在。そういう意味では『時計塔』に似ている。


 時を戻したとしても取り返しのつかないもの。それがこの世界にはいくつかある。


「――俺じゃあ、次の世界には連れて行ってやれないかもしれないから」


 私の問いかけに肯定も否定もすることなく、彼はそう答えた。


 彼の茶色の瞳が、青いまつ毛で伏せられる。瞳は物憂げなのに、口元は笑っていた。――それが、覚悟を決めた者の顔だということは知っていた。


 私の前からいなくなる人たちはいつも、同じような顔をしていた。これから死ぬのに、どうせ死ぬのに、そんなの悲しくて、つらくて、怖いに決まっているのに。


 それでも、笑っていた。桃髪の女も、琥珀髪の青年も、黒髪の少年も、大好きなお姉ちゃんも。


「……植物の世話を代わりにやるのとはわけが違うのよ?」


 そんなこと、彼だって分かっているだろう。そうでなければこんな顔はしない。私が植物を例えに出したのは、ただ彼が育てている、頼まれてもいない植物のことが頭をよぎったからだ。


 いや、本質はそうじゃない。


「まなにしか頼めないんだ。頼む」


「……仕方ないわね。預かるわ」


 覚悟を決めたその顔に、私は弱い。だから、最初から断るつもりはなかったけれど、できることなら、断りたかった。――だから、弱い私は、話をそらしたかった。ただそれだけのことだった。


「助かる。ついでに、このタマゴも頼んだ」


「ついででいけると思うんじゃないわよ! 人の善意に漬け込んで!」


「いやあ、まなは優しいなー。頼りになるー」


「あんたね……!」


 そんな私の決死の覚悟を、彼はいつだって軽く笑って流す。なんてことないみたいな顔で、いつもと変わらない気楽さで。


 ――これが最後になるだろうと、薄々分かっていた。いや、もっと芯のところで、確信していた。


 せっかく、彼が気をそらそうとしてくれているのに――いや、そんな気遣いをするようなタイプではなかったかもしれないが、ともあれ、楽しげに笑う彼の顔を見ていたら、視界がじわっと滲んできた。


 その背の高い顔は見上げないと見られないから、滲んだものも溢れはしないけれど。


「いつも泣かせてばかりで、悪い」


「本当にね。泣かされてばかりだわ」


「――俺は、まなが好きだ。ただ一人、お前だけが好きだ」


 もう百回は聞いたんじゃないかと思うくらいに繰り返されたその言葉に、結局私は、答えられなかった。

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