第17話 黒い牙の影

石畳を駆け抜け、影を追い続ける。

セレーネは布で口を塞がれたまま、黒衣の男に抱え込まれていた。


「もう少しで追いつける!」

カイルが大剣を握りしめて前傾姿勢で走る。


だがアレンは一歩手前で声をかけた。

「待て!」


「なんで止めるんだよ!?」

「もし殺すことが目的なら、もう王女は殺されている。だが生きているってことは──組織的に“利用する目的”があるはずだ。となれば……暗殺ギルド《黒牙》の可能性が高い」


「……なるほどな」

カイルの目が鋭くなる。


アレンは剣を抜き、息を整えた。

「だから尻尾を掴む。最後の瞬間に奪い返すんだ」


──やがて黒衣の男が辿り着いたのは、路地裏に佇む古びた住宅。

扉を開けて中へ入ろうとしたその瞬間。


「今だ!」

アレンが飛び出し、男の腕を斬り払い、セレーネを抱え込むように救い出した。

「んっ……!」

布を外され、王女が息を吸い込む。


カイルが続いて男を壁に叩きつけ、容赦なく殴り倒した。


「……さあ、中を確かめるぞ」

アレンが剣を構えて住宅に踏み込む。


古びた住宅に足を踏み入れたアレンとカイル。

思いのほか中は整理されており、木の机の奥には受付が一つ置かれていた。


その壁には──大きく筆文字でこう書かれていた。


《暗殺ギルド〈黒牙〉へようこそ》


「……堂々と看板出してんじゃねえか」

カイルが呆気にとられ、アレンは小さく息を呑む。


受付の黒衣の男が、にこやかに頭を下げた。

「ようこそ。《黒牙》へ。ここを見つけられる方はなかなかいませんので……あなた方は相当な実力者とお見受けします」


「……ここが暗殺ギルドか?」アレンが問う。

「はい。ご依頼を承ります。相手によって料金は変わりますが──誰を殺しましょうか?」


アレンは少し考え、さらりと答えた。

「……冒険者のカイル」


「はぁっ!?!?」

隣でカイルが目を剥き、アレンを睨みつけた。

「お前、何言ってやがる!」


受付の男はリストを確認し、さらりと言った。

「冒険者カイル、Eランク。依頼料は……銀貨一枚ですね」


「銀貨一枚!?」

カイルが目を剥いた。

「宿屋一泊と同じくらいの値段で……」


アレンはむしろ感心したように頷いた。

「意外と安いな……」

そう言って懐から銀貨を取り出し、卓上に置いた。


「お前、納得してんじゃねえええ!!!」

カイルの絶叫が響き渡った。



アレンたちは冒険者ギルドに戻り、ギルド長の執務室を訪れていた。


「なるほど……黒牙の拠点を突き止めた、というわけか」

ギルド長は腕を組み、深く考え込む。


「ただ……そこが本部かどうかまでは分からないし、幹部がいるかどうかも不明です」

アレンが真剣な声で続ける。


カイルは不満げに腕を組み、ぼやいた。

「しかも依頼に俺の名前を出しやがったんだぞ! 銀貨一枚で!」

リリアナは呆れ顔でため息をついた。

「そのおかげで、黒牙の動きを監視できるんだから我慢しなさい」


ギルド長は口元を引き締め、頷いた。

「……なるほど。確かに相手の出方を待つのは有効だ。しばらく様子を見よう。黒牙が動けば、必ず依頼者のもとに接触してくるはずだからな」


「じゃあ、少し待ちましょう」

アレンの言葉に、仲間たちは静かに頷いた。


こうして、暗殺ギルド《黒牙》を狙う一行の次の一手が決まったのだった。


ギルド長との報告を終え、執務室を出たアレンたち。

重い空気が漂う中、誰もがしばし沈黙していた。


だが──アレンがふと口を開いた。

「……じゃあ、とりあえず王宮の塀の掃除の続きをするか」


「はぁぁぁ!?」

リリアナが振り返り、思わず声を張り上げた。

「暗殺ギルドの拠点を突き止めた直後にやることが掃除ってどういう神経してるのよ!」


「いや、依頼は依頼だろ?」アレンは平然と答える。

ソフィアは困ったように微笑んだ。

「でも、確かにお仕事を途中で投げ出すのはよくないですし……」


「俺は銀貨一枚で命狙われてんだぞ!? 掃除してる場合かよ!」

カイルの怒声が王都の空に響いた。


こうして《黒牙》の影と王宮の塀掃除という、あまりに不釣り合いな二つの課題を抱えながら、アレン一行は再び雑巾を片手に歩き出すのだった。

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