第4話

 グリムホルンの村道を、リサと並んで歩いた。

 石畳なんて気の利いたものはなくて、草がちらほら顔を出す土の道。でも、道沿いの家々はちゃんと手入れされていて、どこか懐かしく、あたたかい空気が漂っていた。


「この辺、最近は空き家が増えてきちゃってさ。みんな不便だからって、街のほうに出てっちゃうんだよね。……あ、あそこ!」


 リサが指差したのは、角にぽつんと建つ木造の建物だった。

 ガラスの大きな窓に、色あせた看板。入口が少し広めで、たぶん、昔は商店か何かだったんだと思う。


「道具屋だったらしいんだけど、もう長いこと使われてなくてさ。でも、棚とか作業台とかはそのまま残ってるし、錬金術の作業にも向いてるんじゃないかなって」


 中に入ると、ふわっと木と土のにおいがした。

 古いけど、整った棚やテーブル。少し埃は積もってるけど……思ったより、ずっと使いやすそうな場所だった。


「ここ……本当に使っていいの?勝手に決めちゃって、大丈夫なのかな……?」


 思わず聞いてしまった。あまりに都合が良すぎて、ちょっと疑ってしまう。でもリサは、にっこり笑ってうなずいた。


「大丈夫。わたし、村長の娘だからね。一応、村のことはある程度任されてるの。だから、使っていいかどうかって聞かれたら、いいの!」


「そ、そう……」


 軽い……というより、きっと彼女はみんなに信頼されてるんだ。そんな気がした。

 でも、それよりも──


「ねえ、リサ……」


「ん?」


「私のこと……王都とかに、連絡したりするつもり……ある?…、あ、ほら。例えば、保護してます、とか、そんな感じの名目でも。」


 うまく言えなくて、なんか誤解を招きそうな言い方になってしまった。

 だけど──


「え?しないよ?」


 リサはきょとんとした顔で、首をかしげた。


「そもそも、王都からこの辺に使者が来るなんて、年に一度あるかないかってレベルだし。最近は南町のダンジョンのことで手一杯みたい。連絡したってどうせ来ないよ。どうせ南町の領主がいつも見たく『勝手にしとけ~』って感じで終わると思うし」


「ダンジョン……?」


「うん。最近、ダンジョン内の魔力の流れが乱れてて、モンスターが凶暴化してるらしいの。冒険者も大勢来てるけど、手に負えないって話で。まぁ、魔法が使えない私には魔力の流れとかさっぱりわからないけど」


 私は小さく息をついて軽く笑った。

 リサの様子を見る限り、この村にすぐに追っ手が来るようなことはなさそう。

 ……ほんの少し、師匠のことが頭をよぎる。


 あの人はただの錬金術士じゃない。自称大陸1の錬金術士だといって自信満々だし、そもそも世界最強種である吸血姫の魔力を封じるアイテムまで作れる人間なんて他にいない。

 きっと、うまくやってる。人間嫌いの性格からして、あの後……本当に森を吹っ飛ばしてでも生き延びている。そう思いたい。


(ビエラ師匠……)


「ねえ、エリナって……どこから来たの?」


 不意に問いかけられて、一瞬口を開きかけた。でも──やめた。


「……わからない。あのとき、モンスターに襲われて……気がついたらここにいたの」


 我ながらぎこちない嘘。でもリサは、追及しなかった。ただ、優しくうなずいた。


「そっか……恐怖で記憶が混乱してるのかもね。大丈夫、思い出せなくても、ここにいていいから」


 その言葉に、少しだけ胸が温かくなった。


「……ところで、錬金術ってどんなものが作れるの?」


「んー……基本的には、素材があればなんでも、かな。回復薬くらいなら森に生えてる薬草で作れるし、鉱石が手に入れば爆薬とか武器も作れるよ」


「えっ、爆薬!?そんなのも作れちゃうの!?」


 リサの目がぱっと輝いた。


「……でも、便利ってわけじゃないよ。素材をあつめるのも大変だし、作るのも時間もかかるし、ちゃんと調合しないと失敗するし」


「でも、すごいよ!わたし、魔法使えないから……そういうの、ほんと憧れちゃう」


 その言葉に、私は小さく肩をすくめた。


「……実は、私も魔法はそんなに得意じゃないんだ。魔力の制御がうまくできなくて、暴走しちゃうこともあるから……あんまり使いたくないの」


「誰にだって苦手なことはあるよ。でも、どんなことでだって人を助けられるって……やっぱりすごいことだと思うな」


 リサの真っすぐな目に、私はまた少し視線を逸らした。

 言えないことばかりで、自分の中で嘘が増えていく。けど、それでも……この子に嫌われたくないと思ってしまうのが、不思議だった。


「……あのさ」


 リサが突然立ち止まって、真剣な顔で私を見る。


「今日は、一緒に泊まっていい?」


「えっ……だ、大丈夫だよ、一人でも平気だから──」


「だめ!目を離したら、どこか行っちゃいそうだし……なにより、そんな寂しそうな顔してる人を一人にするのは、わたしの武士道に反する!」


 そう言って、リサは私の手をぎゅっと握ってきた。


「っ……!」


 ドクン、と胸が高鳴った。

 手が、熱い。顔が、勝手に赤くなる。なんでこんなに恥ずかしいんだろう? 自分でも理由がわからない。視線が合わせられなくて、私はうつむいたまま、小さく頷くしかなかった。


「えへへ……もしかして、怒っちゃった?」


「ち、ちがう……ただ、ちょっと……」


 うまく言葉が出てこない。頭の中がぐるぐるしていた。


「じゃあ、まずは寝床と食料だね!買い出し、行ってくる!その間にエリナはここ、片付けておいて!ちゃんと綺麗にするんだよー!」


「あ……う、うん……」


 照れ隠しのようにリサが言い残し、軽い足取りで外へと出ていく。


 ぽつんと残された私は、まだ火照った頬をそっと両手で押さえた。


(……なんで、こんなにドキドキしてるんだろ)


 恋じゃない。リサは女の子だし、そんなわけ──ない。

 でも、胸の奥がふわっと温かい。


 この感覚を、なんて呼べばいいのかは、まだわからなかった。


 それでも──ほんの少し。ほんの少しだけど、

 エリセフィーナだった頃の私に、戻れている気がした。


(……片付け、しなきゃ)


 小さく息を吐いて、埃の積もった店内を見回す。

 気づけば、口元にはわずかに笑みの影が浮かんでいた。

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世界最強の吸血姫、辺境の村で錬金術士として第二の人生始めます──S級冒険者をすすめられますが、必死にお断りします。 @966-

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