Draco Algidus 冷たい龍
その馬鹿げた規模のマギレット加速路で、デリリウムとジョンは加速儀式の準備に追われていた。
「マギレットって何なんだ?」
「誤解を恐れずに言うなら、魔力を魔法に交換する粒子だ。このマギレットが呪文と契約に従って、火や雷っつー魔法に変換されて発現する。媒体みたいなもんだ」
粒子を表すように、デリリウムは右手を握った。そして魔法の変換を模して、握った拳を開いた。開いた手のひらには、小さな炎が揺らめいている。
「マギレットに極大の魔力を込めて、めちゃくちゃに加速させる。その加速路がここだ」
「ここにいちゃ危ねぇんじゃねぇか?」
「もちろん。加速マギレットの直撃を受けたら、魂まで分解されちまうかもな。それに加速儀式が始まったら、ここは極低温になる。チンケな
「冷やすのか? それとも冷えるのか?」
目的と手段を分けたジョンの思考に、デリリウムは少しだけ驚いた。粗野な見た目に反して、頭が回るのかもしれない。
「後者だな。マクスウェルの権能で、マギレットとこの世界の色んなモンとの衝突を
「あの無表情でエロい姉ちゃんね」
「手を出すなとは言わんが、あれで
おっかねぇなぁ──と言って、ジョンが
「加速の障害となるモノ、例えば空間に浮かぶ粒子やらの運動を制限して、系の抵抗を限りなくゼロに近づける。そうやってマギレットの加速と、エネルギー増幅の場を作る。結果的に、ここはクッソ寒くなる」
「寒いのは嫌いだ」
「俺も」
「で?」
「でって、何が?」
「もう一人のちっこい姉ちゃんも何かすんだろ」
「あー、ラプラスか。アイツはマギレットの管制システムみてーなもんだ。ラプラス変換っつーて、魔法と物理は次元が違うし複雑だから、単純化して──あー、説明がゴチャゴチャしてんな。まーなんだ、簡単に言うと未来が観えっから、マギレットの軌道を制御してもらう」
「サプライズとか、できねぇな」
「だから、どっか冷めてんだよねー」
仕様もない与太に薄ら笑いを浮かべながら、デリリウムはジョンと作業──
「なぁ、この呪符さ、賢者が書いたか何かで、すげぇ貴重なんだろ」
「あー、そうだな。上級魔法使い十人分と等価だって言や分かりやすいか?」
「まじか。いくらすんだよ。金ねぇぞ」
「安心しな。すでにモルトマンが支払い済みだ」
モルトマンの名に、ジョンがぴくりと反応したのを、デリリウムは見逃さなかった。借りを作りたくないのか──とも思ったが、その表情からはより複雑な想いが見て取れる。
「ジョン。お前ら、どういう関係なんだ?」
「さっき説明しただろ。アイツを殺し切るために一緒にいんだよ」
「マジで?」
「マジで」
虚偽ではないが真実には足らず、と言ったところか──とデリリウムは判断した。モルトマンが拠出した金額は、後顧の憂いなく投じられるレベルを、はるかに超えている。
詮索を嫌うように、ジョンが最後の呪符を壁に貼り付けた。そして、さてと言って周囲を見回した。
「しかし、まぁ、厳重だな」
「何が?」
「警備態勢だよ。職員がいねぇってのに、
「世界最大級のエネルギーを産む施設なんだから、当然だろ。未然に事故を防いだり、あるいは大規模な事故に発展させないために、三段階の安全装置を敷いている。その安全装置が問題なく作動するよう、厳重な常時監視システムを魔法と物理の両面から設けたからな」
ジョンの視線が、緩慢に加速路を一周した。そしてびたりとデリリウムに向けられた。
「魔神、だっけか? あの二柱の悪魔を従えてんだから、さぞ格の高い神性なんだろうな」
「大したことねーぞ。元いた世界が嫌になって、転生して逃げ出すような魔神だ。できることと言ったら、そうだな。観測くらいだ」
言葉を引き出されたようだと、デリリウムは思った。
「常時監視システムとやらには、その観測って権能が用いられてんだな」
「まぁ、その通りだ」
「異常を観測したら、どうなる?」
「必要に応じて安全装置が起動する」
「なぜ俺の時は安全装置が起動しなかったんだ?」
ジョンの態度に納得がいった。魔神の観測をくぐり抜け警戒されるかと思いきや、なぜか歓待されている現状を訝しんでいるのだ。事によっては、危険因子として認識され、安全装置による排除プロトコルと真っ向からガチンコ勝負を強いられていたかもしれないのだから。
「いやビビったよ。実際、緊急事態だった。
「愉快な未来とやらが観えてなかったら──ってのは考えないほうがいいか」
「良い判断だ。安全装置は最重要機密事項の一つだ。俺が質問に答えるだけで、ジョン、安全装置が起動するトリガーの閾値を超える。この施設の排除プロトコルを相手に、百年の闘争に身を投じることになるが、お前さんの本意でもねーだろ? だから考えないに越したことはない」
「百年は、さすがにごめんだ」
降参の意か、ジョンが両手をあげた。好戦的な一面もあれば、引き際もわきまえている。偏狭に見えて融通無碍でもある。何とも不思議な実存だ。
「つーかアイツの仕業だろ?」
不快そうに、ジョンが首肯した。アイツとは、モルトマンのことだ。
モルトマンの中指には、この世界と異世界を繋ぐ
「ジョン。お前に対して、敵意はない。俺が敵意を向けるとしたら、それはモルトマンくらいだ。だからジョンに協力したい。それだけだ」
「そいつは、どうも」
無愛想な返事だが、敵愾心がわずかに薄らいだように感じられた。聡いながら、不器用なのかもしれない。
「それじゃ、最後の仕上げと行こーか」
「まだ、なんかあんのか」
「衝突の事前準備だ」
応えて寸余、デリリウムは異世界への穴を中空に穿った。ひび割れのような穴が、
「マギレット・コライダーは、転移魔法子衝突型加速器。当然、異世界で衝突させる。そんで衝突時に発生する莫大なエネルギーを、俺とモルトマンで封じ込める」
「周辺への被害を最小限に抑えるためにか?」
「それもあるが、激レアな
「護衛って大げさな。衝突地点付近のモンスター排除とかか?」
「いや悪魔の大軍に襲撃される」
ジョンの表情が、黄昏れのように陰った。
「俺とモルトマンも敵が多くてさ。異世界に転移なんてしたら、確実に預言されて、絶対に襲撃される」
「絶対って、言い過ぎじゃね?」
「既に観測済みの確定事項だ」
「なら、衝突時のエネルギーで一掃しちまえば」
「封止するエネルギーが不足して、ゴミステの産廃になっちまうかもしれんぞ。それとも、また大金を突っ込んで、フリクタル生成ガチャをぶん回すか?」
ジョンが、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
その
「タダより高いものはないってこった」
「糞っ垂れが」
風体通りの汚い言葉を吐き捨てながら、ジョンがデリリウムの手を取った。朝方に観測した重労働──襲撃者の撃退──が、ジョンの役割に置き換わった瞬間だった。憐憫の情はあれど、この手を離す道理はない。
デリリウムは薄く笑った。
飽きた魔神が眷属を連れて転生、勇者の手助けをするそうです @sinoudai
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