|:TerminaL:||

甘照 鶯

Ep.1-1 銃声

「私は幸せだった――まあ、不幸せでもあったがな」


 月明かりだけが頼りな闇夜の中、彼女は活気のない微笑みを浮かべて、地面をただ見つめている。


「......」


 俺はついつぐんでしまった。


「どうして冬の風ってこんなにも痛いんだろうな」


 地面に視線を落としていた彼女は、ゆっくりとその視線を上に向け、雲に邪魔されながらも、密やかに光を灯した満月を仰いでいる。


 それに続けて


「はあ......そんな顔をするな。これでも私は、お前を愛しているんだ」


 白い溜息をつき、月光に照らされ、優しそうに微笑んだ表情が俺の瞳を見つめながら、それは曖昧に映っている。


「......やっぱり冬は嫌いだよ、くそったれ」


 彼女の額に当て続けていた冷たい銃の引き金を引いた。




「あーっ! まーた負けちまったよ! どこまでランクが落ちれば気が済むんだよ俺は!」


 休日の朝9時。俺は視覚共有型モニター、通称レジーダブを頭に被りながら、対人ゲームで画面越しに銃を撃ち合っていた。


 12時からはゲームセンター。それまで時間はある。


 ただ、昨日から腕の調子が悪い。こうなったらスナイパーでファースト狙ってやる。


 ゲームがスタートし、敵の出入りが多い場所をスコープで拡大する。


 読み通り、ぞろぞろと現れた頭を、大きな銃声と共に撃ち抜く。


「よっしゃー! やりーっ!」


 すると、後ろから何かが地面に落ちたような、大きい物音がした。


 俺はマウスを持っていた右手でレジーダブを頭から少し浮かせて、後ろへ梟のように振り向くと、ソファの上でだらしなく惰眠を貪っていた親父が飛び起き、いつもからは想像もできないような過呼吸を起こしている姿があった。


「え、どうしたんだよ親父。ってか、汗だらだらじゃねーかよ!」


 ソファに凭れるでもなく、ただ起き上がった親父は、息を呑み


「......ああ。おはよう、クロード。すまん、年柄にもなく悪夢にうなされちまった」


 こちらを見るなり笑い返し、手のひらをソファに預けてそそくさと立ち上がる。


「ほんと、勘弁してくれよ......びっくりするだろうが」


 後ろを向いて、ゲーム画面から視線を外していた俺は、既に倒されていたことに気づいていなかった。




「そんじゃ行ってきます」


「おう、クロード! 気を付けてこいよー!」


 ガチャっとドアを前に押し、青くていかしたスニーカーをコンクリートに踏み出す。


「おらぁっ! ぶち殺しちまえっ!」


 俺をお出迎えしたのは、そんな物騒な言葉の数々と、交錯した銃弾だった。


 いつものこと。


 ギャングが民間人なんて見向きもせずに血を噴かせていく。


 警察なんてのもあくまで飾りだけ。こんな血みどろな現場を目にしたところで動こうともしない。


 ま、別に良いんだけどさ。俺も慣れてるし。


『ラグランジュへようこそ! わたくし、カラーベースは、国民の安心安全を実現します!』


 そんな声も、ビルに飾られたモニター越しに聞こえてくる。


 あの大統領も、半年前からあんなこと言ってるけど、一向になんてのは実現してない。


 はあ。今日、なんのゲームしよっかな。

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