4.寄する波も、帰るギャルも

 そこにいたのは、一人のギャルだった。


 明るい金髪に、パッチリした瞳と、長い睫毛にカラフルなネイル。

 淡いグリーンのビキニ姿で、その上に薄手の白いジップパーカーを羽織っているが、遠目に見てもかなりスタイルがいい。


 そんなギャルが、閉店した海の家の軒下で一人、体育座りしながらスマホをいじっていた。


 根っから陰キャ気質の俺は、普通だったらこんなギャルを見かけても、特に話しかけたりせず、素通りしていただろう。


 だが、つい先ほど、プルプルのおっさんに遭遇するという摩訶不思議な体験をした余韻なのだろうか。人気ひとけの無い海辺にポツンと座るギャルのことが、妙に気になってしまった。


 というか、よく見ると彼女の瞳から、一筋の涙が流れているではないか。


「……あの、どうかしましたか?」


 俺が近寄って声を掛けると、スマホの画面を見ていたギャルがビクッと肩を上げ、こちらを見やった。


「なに、アンタ……ナンパ?」


 慌てたように目元をぬぐったギャルが、警戒心も露わにこちらを睨んだ。

 ついでに上着のジッパーも閉めてしまい、彼女のビキニは上着に覆い隠された。


「す、すみません。ナンパとか、そういうのじゃなくて……」


 陰キャの俺は、ギャルに睨まれてあわわと狼狽。


「ただ、他に海水浴客もいないのに、一人で何してるんだろうって、気になっちゃって……」

「ふーん……」


 まだいぶかしむ様子で、ギャルが俺のことをジロジロ睥睨へいげいしてくる。


「アンタそのカッコだと、海に泳ぎに来たわけじゃ無さそうだね……。会社員?」


 ワイシャツにスーツパンツ姿の俺に、ギャルが尋ねた。


「あ、ああ。さっきまで会社で働いてたんだけど、ちょっと衝動的に、海が見たくなっちゃって……」

「プッ、なにそれ。新種のエモ逃避行?」


 唐突に吹き出して、ギャルが笑った。


「……ま、ある意味ウチも似たようなもんか。ウチも仕事の繁忙期が終わった反動で、この海に来たから」

 

 今のやり取りで、どうやら少し、警戒が解けたらしい。

 そうして彼女は、自身の身の上をぽつぽつと喋り始めた。


 いわく、彼女は市内のショッピングモールで働いており、今日は久々の休日だったとのこと。


 見た目は完全なギャルだが、バイトではなく正社員で、今年はモールのサマーバーゲン企画を任されるなど、社会人としては普通に優秀なようだった。


「いや。ウチ、全然優秀じゃないよ。サマーバーゲンも、夏前から夜遅くまで企画練って、事前の準備とかも頑張ったのに、結局大して売り上げ増えなかったし……」


 ギャルは自嘲するように苦笑いしていた。


「しかも、今年は夏に入っても忙しかったから、友だちの遊びとか旅行の誘いも断っちゃってさ。そしたら『付き合い悪い』とか『なに、仕事本気でやってますアピール? あたしらのこと見下してんだ?』とか嫌味言われて、そっから全然誘われなくなっちゃった。LIMEグループも、いつの間にかウチだけハブられてたし」


 それはまた、なんて露骨な……。ギャル女子の付き合いって、怖いな。


「でも先週、ブロックされてなかった他のSNS見てみたら、普通にウチ抜きで、皆で県外の海とか出掛けて楽しそうにしててさ。なんか悔しくなっちゃって、久々の休みに思い切って近場の海に来たんだけど……。海開き、もう終わってたんだね」


 そこで、ギャルの瞳から再び涙がこぼれ、俺はドキッとした。


「マジ、ウチなにやってんだろ。一生懸命がんばった仕事では全然成果出せなくて、友だちにはハブられて、海に来たら海開きは終わってて……。おまけにさっき浜辺歩いてたら、でっかいクラゲみたいなキモい生き物に襲われそうになるし……。マジ最悪だよ」


 でっかいクラゲって、絶対あのプルプルおやじじゃねえか!


「あの……ちなみにその気持ち悪い生き物って、どうしたんです?」


 恐る恐る、俺は聞いてみた。


「たまたま近くに太い流木が落ちてたから、それで何度もぶっ叩いてやったよ。そしたら、ぴえんって感じで慌てて海に逃げてった。なんだったんだろ、あれ」


 なるほど。ヤツを叩きのめしたギャルってのは、この娘だったのか。

 ほんとロクでもないな、あの変態ゼラチン野郎。


「ま、まあ、きっと疲れてて、普通のクラゲを見間違えたんですよ。あんまり気にしないほうがいいですよ」


 脳内でプルプルおやじをののしりつつ、俺は適当に誤魔化した。


「俺も仕事に疲れて海に来たから、あなたの虚しい気持ち、何となく分かります。あ、俺みたいな陰キャに同情されても、迷惑かもしれないけど……」

「あはは、なにそれ。陰キャとか、別に関係ないじゃん」


 屈託ない様子で、ギャルが笑った。

 外見は派手だけど、意外と接しやすい人柄らしく、内心ビビってた俺はちょっと安心した。


「はーっ。気分落ちてたけど、アンタに話聞いてもらったら、ちょっとスッキリしたかも」

 

 そう言って、ギャルが立ち上がった。


 相変わらず水着はジップパーカーに隠れているが、パーカーのサイズが大きいためか、立ち上がると下に何も履いてないように見えて、これはこれでありだな、と、俺は思った。


「ね。アンタ、仕事終わりにこんな海まで来たってことは、ヒマなんでしょ? よかったらこれから、一緒に飲みにいかない?」

「え? まあ、いいですけど……」


 普段の俺だったら、会って間もない他人、しかもこんなギャルといきなり飲みに行くなんてこと、絶対にしない。


 だが、やはり今日は色々変なことがあって、判断力が低下していたのだろう。彼女の誘いを、あっさり承諾していた。


「よし、決まりね。あ、そうだ。名前まだ言ってなかった。ウチ、果出先はでさきぎゃる。アンタは?」

「あ、陰木かげき屋良乃助やらのすけ、です……」

「おっけー、カゲっちね。じゃ、ウチ着替えてくるから、ちょっと待ってて」


 そう言って、ギャルはプレハブの更衣スペースへと駆け出していった。


 なんというフットワークの軽さ。しかもいきなりあだ名呼びとか、さすがはギャル。距離の詰め方がエグい。


 ってか、本名がぎゃる美って、名は体を表しすぎだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る