『日常あるある劇場』

稲佐オサム

第1話 メガネを探す午後

「……ない」

 机の上にも、鞄の中にも、棚の上にもない。

 佐藤は額にうっすら汗を浮かべながら、部屋中をひっくり返していた。

 いつも顔にかけているはずのメガネが、忽然と姿を消したのだ。


 テレビのリモコンを持ち上げても、クッションを裏返しても、出てこない。

「さっきまで本読んでたのに……なんでだ?」

 焦れば焦るほど、視界はぼやけ、余計に探しにくい。


 ついに佐藤は、絶望の声を漏らした。

「もしや盗まれた!? メガネ泥棒……?」


 その瞬間、隣でスマホをいじっていた妹が、半笑いで指をさした。

「兄ちゃん、それ」

 ――彼の額に、しっかりかかっていた。


「……」

「……」

 二人の間に重たい沈黙が落ちる。

 そして妹の爆笑が、夏の午後の部屋に響いた。

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