君の名は「すず」
クライングフリーマン
君の名は「すず」
君の名は
======== この物語はあくまでもフィクションです =========
図書館で調べ物をしようと思い立って、わざわざ電車で半時間かかる街まで行った。駅までは15分。
市内にも図書館はある。でも、バスで1時間半。
蔵書量が違うし、たまに利用する。
当時は『自習室』と言った。
貸し出して貰わず調べる、あるいは貸し出して貰う為に下調べをする。
また、学校の勉強をする為に自宅以外の場所として利用する。
目的・利用法は様々だ。
私はもう学生ではない。だが、いい時間つぶしになる。
喫茶店はお金がかかる。飲み物は、持ち込み禁止。
自販機はあるが、缶・瓶はなく、紙コップが落ちてくるタイプ。
後年の、インターネットカフェは、この方式の方が効率いいからと真似たようだ。
目当ての書物を見付け、空いている椅子に座る。テーブルは大きなテーブルに、幾つもの椅子が配備されているだけ。
「それ、面白いの?」
隣の女性が覗き込んで言う。
私が取り出してきたのは、「マンガ全集」だ。
片方の頁にマンガ、もう片方に解説がある。
2時間後、私は、メモ帳に読んだ頁の番号を書いた。
自分がどこまで読んだか、後年呼ばれる『ブックマーク』を記録した。
勝手に『折込み』を入れたり、栞を挟んだりする者がいるが、それはルール違反だ。
私が本を本棚に返そうと立ち上がると、女性は「今日は、もう読まないの?」と尋ねた。
「いっぺんに読むより、『楽しみ』を取って置こうと思って。」
私は、どこまで読んだか覚えているので開いて見せた。
「ああ。分厚いものね。『一気』は無理か。これ、借りようと思うんだけど、我慢出来る?」
「我慢?」
「だから、返却するまで、貴方は読めないでしょ。同じ本、2冊以上あるの?」
「いや、ない。」
「じゃ、一週間我慢して。そうだ。他の人に借りられない方法があるわ。」
「何?どんな?」
「貴方が借りるタイミングと、私が返すタイミングを一緒にすればいいのよ。」
彼女が係員に貸し出しカードに名前を書いている時、ちらっと見た。
平仮名で『すず』だけ見えた。
彼女は本を返す日を教えた。
自分の名前も名乗らず、私の名前を尋ねもしないで。
遅れた。当時、ケータイなんて便利なモンは無かった。
人身事故で、列車のダイヤは大きく乱れた。
途中下車も出来ず、2時間遅れで終着駅に電車は到着した。
私は、電話コーナーを探した。
どこも満杯だ。15分、列を待ったが、諦めて、駅を出て図書館まで走った。
係員に、事情を話した。
彼女らしき女性は見かけたが、延滞手続きをして帰ったと言う。
本棚に行ってみたが、やはり本は返っていなかった。
何時、返却予定か尋ねた。
借りた人の名前は教えられないことになっているが、いつ返す予定かは教えて貰える。
この方式は、後年レンタルビデオが流行った時に採用された。
一週間後。本は返って無かった。
あの時と同じ時間だと思い込んでいた。
私が迂闊だった。
本は、延滞手続きがされていた。
1ヶ月、同じことを繰り返し、私は諦めた。
そして、10年。久々に、あの図書館に行った。
係員の1人が言った。
「遅いわよ。結婚もせずに待っていたのに。あの本はね。人気が高かったの。私が借りたのは2回だけ。これで、罪滅ぼししなさい。」
彼女は、『婚姻届』を出した。
「判子は後でいいからね。」彼女の氏名欄には、『涼村遙香』とあった。
私は、自分の名前を書いた。『鈴村晴喜』、と。
あの本は、書斎にある。私が買い取ったから。
―完―
君の名は「すず」 クライングフリーマン @dansan01
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