第35話
年が明けるとアドルフは仕事に右往左往し、俺はいつも通りリュシル先生に怒鳴られる日々が戻ってきた。
アドルフと一緒に日本国内のパーティに参加したり、翻訳魔法が英語をちゃんと訳してくれなくて2人で頭を抱えたり、とにかくあれやこれやと仕事に追われているうちに1月はどこかへ行ってしまった。
「もう2月が来ちゃうなぁ」
リビングのカレンダーを見ながらそんなことを呟いてると、アドルフがハッとしたようにカレンダーを確認してきた。
「……恋人の日がもう来るのか」
「恋人の日?」
「サルドビアにおける恋の記念日だな」
「へぇ、バレンタインみたいな感じか?」
「チョコレート交換日?」
また翻訳魔法が変な訳し方をしたらしく、アドルフが変な顔をしてしまったのでバレンタインについて簡単に説明すると「恋人の日とは違うんだな」と納得してくれる。
「サルドビアの恋人の日は恋人や夫・妻と一緒に居られる幸せを創造神に感謝し、相手と一緒に思い出を作る日なんだ」
「ここでも神様が出てくるんだな」
「神様も準主役と言えるからな」
そう言うと、アドルフがこの恋人の日の由来について話し始める。
舞台はサルドビアから少し離れたところにある離島群にある大きな島で、その島には西と東に大きな集落があった。しかしその集落の長は島の中にある山の所有権や漁業権を巡って長らく対立関係にあった。
しかし東の集落の長の息子と西の集落の長の女は密かに恋仲となっており、集落の対立を収められたら結婚出来ないか?と話し合っていた。
密かに恋を育んでいた2人はある日、西の集落の人々の知るところとなってしまい西の集落の長は『東の集落の者がうちの娘を誑かしやがった!』と激怒して若い男達を集めて東の集落へ殴り込みに行くことを決意する。娘はそれを引き留めようとしたところ大きな怪我を負って寝込んでしまう。
しかしそれを知らずに西の集落の長は東の集落を襲撃して娘を誑かした男を仕留めようと片っ端から斬りかかるが、好きな人の父親であるが故に仕留める事に躊躇する東の集落の長の息子を見かねた創造神が降り立って島を真っ二つに割って島の周りに壁を作ったと言う。
そして『これでもう揉めることはないだろう。この裁定に不満があるならばここで和解を宣言し、その証拠として2人の結婚を認めてやりなさい』と宣言した。
島の周りの壁や割れた山をそのままにすれば生活出来なくなると理解した集落の人々は和解を宣言し、集落の長たちは神の前で我が子の結婚を認めた。
すると島は再び一つに戻って海の壁も消え、襲撃で死んだはずの人々や父を止めようとして怪我をした娘は何もなかったように生き返った。
こうして二つの集落の対立は終わり、2人は結婚をした。その2人の結婚式の日が島で恋人の日として祝われるようになり、やがて世界中に広まったという。
「……神様のやり方がすごすぎやしないか?」
「だって神様だからな」
そう言われればそうなのだが、あの光るどら焼きにはもう少しやり方あったんじゃないか?と言いたい気もする。でも殺し合いにまで発展してるんならそれしかなかったのか?
まあどちらにせよ神様が恋人の日の準主役というのも分かる気がする。
「それでなんだが、恋人の日はしっかり祝いたいんだ」
「記念日だもんな」
「それもあるが、ユキに誕生日祝って貰ったくせにユキの誕生日はちゃんと祝ってあげられなかったからせめて恋人の日くらいはちゃんと祝いたい」
「あれはただ単に俺がしたかっただけなんだけどな」
お互い良い伴侶でありたいという気持ちだけで本当は何の問題もないのだ、なんせ俺達は政略結婚なのでそこに恋愛的なあれこれは必要がない。ただ俺が少しばかりアドルフと恋人めいたことを楽しみたいという欲をかいてるだけに過ぎない。
「じゃあ、これは個人的にしたいだけの事に付き合ってくれ……と言えば?」
「…‥そういう事なら仕方ないな」
アドルフ、お前は俺をどうしたいんだ。
そんな気持ちを一旦小脇に置いて、俺は2月末の恋人の日を待つ事にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます