第28話

その日の午後は身体のケアのため、近所の整骨院に行く日だった。

いちおう王族なんだから整骨院の担当者を邸宅にに呼べばいいと言う人もいるが、時々外に出ないと息が詰まるのでちょっと無理を言ってタクシーを呼んで整骨院に通っている。

ひょっこりと現れたアドルフが「ユキ」と俺の名前を呼ぶ。

「これから整骨院?」

「そうだけど、アディは急にどうした?」

「息抜きがてら散歩したくなって。……一緒に行ってもいい?」

そう誘われてしまうと「そりゃいいな」と喜んで受け入れてしまう。我ながら少々チョロいが悪い気はしないのだ。

「でも整骨院にいてもやることないだろうし、整骨院の向かいにデカい公園あるからそこ散歩して待っててくれるか?終わったら公園の近くのカフェ一緒におやつでも食べよう」

そう答えると俺の隣にアドルフとセバスチャンが乗り込む。助手席に居た俺の警備担当お兄さんもちょっとびっくりしてるが、許していただきたい。


****


整骨院で柔道整復師とあんまの人から小一時間治療を受けたあと、近くの喫茶店で合流する。

公園を目の前にしたさつまいも専門店が直営の喫茶店は扉を開ければ甘く香ばしいさつまいもの香りがする。

店の一番奥にあるついたてのそばにある席で、先に店に入っていたアドルフはのんびり水を飲んでいる。

「治療お疲れ」

「散歩はどうだった?」

「いい気分転換にはなったな、やはりずっと事務仕事してると肩が凝ってしょうがない」

「本当にな。そう言えばセバスチャンは?」

「ちょっと気を使って隠れてくれてる」

物陰に隠れてるのか、それとも魔法的な方法で隠れてるのか。とにかく俺達の気を遣って隠れてくれてるらしい。

そういやいつも俺の警備についてくれてくれてる人も隠れてるのか、ちょっと見た限りだと見当たらない。まあ近くに居てくれるんなら大丈夫だろう。

「にしても、芋のお菓子というのがこんなにあるんだな」

「そうか?」

詳しく聞いてみると、サルドビアは芋と言えばジャガイモのようなものしかなくてさつまいものような甘みの強い芋がない。だからお菓子に芋を使うというのはありえないという感覚があるらしい。

ナタリーを連れてきたら驚いてくれるだろうから、今度シンシアにこの店の話をしたらナタリーがさつまいも料理を出してくれたりしてくれないだろうか。

「ユキ、食べたいものはあるか?」

「焼き芋ソフトクリームとコーヒーでも貰おうかな。アディはどうする?」

「ユキが好きなものを頼めばいい。きょう、誕生日なんだろ?」

「……話したっけ?」

「今日にゃにぃ松首相補佐官と電話で話した時に、『息子におめでとうと言っといてくれ』と言われて詳しく聞いたら教えてくれた」

なるほど、うちの父親経由か。そっちのルートはあんまり想定してなかったな。

しかし俺の誕生日を祝いたいと思ってくれていることは素直に嬉しいと思う。

「ユキの誕生花を聞いて買って来た」

渡してくれたのは黄色いカラーを主体にした小さめのブーケだ。

マンオブマッチやベストタックラーを取った時に貰った花束よりは小さいけれど、

黄色が俺の気持ちを照らしてくれるように鮮やかで明るい。

「ありがとう、大事にするよ」

可愛い夫の初めての誕生日祝いは大事に傍らに置いておく。

帰ったらシンシアに花瓶を用意してもらう必要がありそうだ。

「本当はもう少し色々準備しておきたかったんだが、知るのが遅すぎたせいでどうにもな……」

「じゃあひとつ、初めてを貰っても?」

「はじめて?」

「アドルフ、はじめてのさつまいもって事で」

幸いこの店には焼き芋フライというのがある、初めてのさつまいも体験にはちょうど良さそうだ。

とりあえずお店の人を呼ぶとコーヒー紅茶やアイスと一緒に焼き芋フライを注文すると、程なくして焼き芋フライと紅茶がアドルフの前に届く。

「サルドビアの芋より黄色くて細長いんだな」

「こっちだと芋って色々あるからなぁ」

恐る恐るという顔で焼き芋フライを食べると、数秒の咀嚼のあとに驚いたような顔をして「芋がこんなに甘いなんて……」と驚きの声をあげる。

俺もちょっと味見がてら小さいのをもらうと、ねっとりした濃厚な甘さのさつまいもが実に美味い。

「甘いけれどくどくなくて、ただ火を通しただけなのにペーストのように滑らかな舌触りの芋。確かにこれはお菓子に出来てしまうな」

「お気に召しました?旦那様」

にこやかにそう聞けば「本当に美味しい」と言ってもしゃもしゃと焼き芋フライを食べ続けていた。

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