第27話
アドルフが好きだ、と気づいたところで生活は大きく変わらなかった。
元々アドルフは俺のいい夫としての振る舞いを欠かさなかったし、俺もまたアドルフのいい夫でいようと思っていたから大きく振る舞いを変えることはなかった。
強いていうならば、最近のアドルフはよく手紙を書いてるのか手紙セットを色々買いこんでいるのをときどき見かけたくらいだ。
たぶんその手紙はアドルフの感じていたことへの答えを知るために周囲の人々に届けられていき、そのやり取りの中でアドルフの感じてきた周りの人へのわだかまりを溶かしていくのだろう。
その事についてアドルフはあまり話して来なかったが、いつ何を話したくなってもちゃんと聞くぞという態度を出来る限り見せて行くことにした。
ただ、以前よりもアドルフは可愛いと思うことは少し増えた。
コーヒーが苦手なんだと思っていたが、実は苦味の強い紅茶もそこまで好きじゃないからいつも砂糖を入れて飲んでいたこと。
普段は王子然とした堂々とした振る舞いをしてるのに、俺の前ではちょっとだけ甘える素振りを見せてくるところ。
実は俺がいないところでちゃんとナ行を発音出来るようになりたいと思っていた事。
そういうところが本当に可愛いく見えるようになってきた。
気づいたら11月を迎え、俺は29歳の誕生日を迎えた。
(アディは俺の誕生日とか祝ってくれるかな……)
ここの関係者に教えた覚えのない誕生日であるし、だからと言って誕生日なんだーとアピールするのもちょっと暑苦しい気がする。
アドルフの誕生日の時は俺が勝手に夫として誕生日を祝わなくては!という使命感で祝っていたが、それをアドルフに押し付けるものなぁ?という気もする。
(にしても、ほんと今みんなバタバタしてんなー……)
窓の外を見るとトラック積まれた大量のドラム缶の積み下ろし作業が行われている。
あのドラム缶は空間拡張と重量軽減魔法を付与してからサルドビア産原油を詰め込んで、日本とサルドビアを往復するらしい。
しばらく外交団メンバーはこの原油輸出についての対応に追われることになっており、アドルフもまたその問題に対応することになる。
考えに集中しているとぺしん!と丸めた紙で思い切り頭をはたかれる。
「ユキニャリ、授業中ですよ」
「すいませんリュシル先生」
俺の専属鬼婆家庭教師であるリュシル先生が不機嫌そうに俺を見ている。
この人が機嫌のいいところをあまり見たことがないが、甥っ子の夫(リュシル先生はアドルフの伯母である)の為とはいえ出来の悪い教え子にイライラしっぱなしなのだろうなあとは察してしまう。
「夫や親族の誕生日にあなたが行うべき三つの振る舞いを上げなさい」
「えーっと、その人の誕生花をすべての部屋の窓辺に飾ること・朝一番に創造神へ一年の祈りを捧げること・教会で古いお守りを燃やし新しいお守りを買うことです」
思考に溺れる前に微妙に耳に残ってた言葉を捻り出すと「順番は正しくありませんが、まあいいでしょう」というコメントが返って来る。
「ところで誕生花ってどういうふうに決めてるんですか?」
「毎年その地域を統括する教会が神への問い合わせの上で年毎に決めてますね、ですので同じ誕生日でも生まれ年や地域によって異なります」
「じゃあ俺の場合の誕生日花は……」
「日本側が決めてるのでは?」
そもそも日本では誕生花に『その日生まれた命と神を繋ぎその花を象徴とする守護天使のお立ち寄りを招く』などというご大層な意味は無いと思うが、誕生花自体は存在していたはずだ。
もし邸宅中に同じ花を生けてあれば、アドルフも俺の誕生日だと気づくのだろうか。
けれどもそれはそれで遠回しに誕生日祝われたいなーと言ってるみたいで厚かましい気もする、けれど祝ってくれればきっと本当に嬉しいだろうなとは思うのだ。
祝ってほしい気持ちと本人それどころじゃなさそうだよなあという気持ちが右往左往しながら、リュシル先生の授業は続いて行くのであった。
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