あの日の出会いが、未来を変えた

Chocola

第1話

彩花は中学二年生になったばかりだった。

職業体験で保育園を訪れる日、心は少し緊張していた。

元気な子どもたちの声、色とりどりの遊具――そのすべてが新鮮で、わくわくする一方で、自分の存在がちょっと場違いに思える瞬間もあった。


教室の隅で、ひときわ小さな影が目に入った。

年長組の男の子、大輝――まだ幼い顔には緊張が漂い、他の子どもたちの笑顔とは少し距離を置いていた。


彩花はそっと近づき、膝をついて目線を合わせる。

「こんにちは……遊びたいときは、無理に我慢しなくていいんだよ」


大輝は小さく首を振り、目を逸らす。

「……うん……」

声は震えていて、彩花は彼が周囲に馴染めずにいることをすぐに察した。


「ねえ、困ったことがあったら誰かに甘えてもいいんだよ」

彩花の言葉は優しく、温かかった。


大輝は目を見開いた。

「甘えて……?」

「うん、頼れる人には頼っていいの。泣きたいときは泣いてもいいし、困ったときは助けを求めていいんだよ」


幼い大輝は、勇気を振り絞って口を開いた。

「……お母さん?」


彩花は思わず吹き出した。

「さすがにそれは変だから!」

でも心の奥では、嬉しかった。

『ちゃんと気持ちは届いたんだな』


その後も彩花は、遊びながら少しずつ大輝に話しかけた。

「困ったときは私に言っていいんだよ」

「笑いたいときは、思いっきり笑っていいんだよ」

「怖いときは、無理に我慢しなくていい」


大輝は恥ずかしそうにしながらも、少しずつ心を開いていった。

わずかな時間だったけれど、この日の出来事は彼の心に深く刻まれる。


彩花が教室を後にするころ、大輝は小さな声で呟いた。

「ありがとう」

彩花は手を振り、微笑む。

「うん、またね」


その瞬間、大輝の心に小さな誓いが生まれた。

「将来は、彩花みたいな人のために頑張ろう」



大輝は、あの優しい笑顔を決して忘れなかった。

「彩花に甘えていい、と教えてもらった……。自分も誰かのために力になれる人間になろう」

両親の会社を継ぐことも、その決意の一部だった。

幼少期の彼にとって彩花は羅針盤のような存在で、年齢や立場の違いを超えて、胸の奥にずっと残った。


年月は流れ、大輝は成人し、会社の後継ぎとしての責任を担う立場になった。

社会人になった彩花と、偶然にも再会する日が来た。


「……彩花、結婚してほしい」

大輝は迷わず、真っ直ぐに告げる。


彩花は驚き、戸惑った。

「でも……あなたは次期社長だし、歳も離れているし……」


大輝は微笑み、強い眼差しで彩花を見つめる。

「歳も立場も関係ない。俺は彩花と結婚したい」


腰をしっかりと掴まれ、彩花は逃げられなかった。

「……どうしてそんなに急に?」

「急じゃない。ずっと考えていたんだ」


彩花の心は揺れた。

仕事や責任、年齢差……現実的な不安が頭をよぎる。

「でも、彩花の気持ちは……?」

「俺は彩花が嫌だと言うなら無理に押さない。でも、諦めるつもりはない」


二人は周囲の視線を避け、彩花の家へ向かった。

そこで、大輝は静かに語る。

「俺は彩花と結婚するために、会社を継ぐって決めた。両親も承知している」


彩花の胸は熱くなる。けれどまだ迷いがあった。

「でも……私がどう思うか、だけなんだね」


大輝は優しく頷いた。

「お試しでいい。まずは一緒に過ごして、互いのことをもっと知りたい」


彩花は少し笑みを浮かべる。

「……お試しなら、いいかもね」


その瞬間、二人の心は少しずつ近づいた。

言葉にしなくても伝わる想い、年の差を超えた心の距離。


彩花は改めて思った。

あの日、保育園で出会わなければ、大輝はこんなに真剣に自分を思わなかったかもしれない。

「出会いは偶然、でも未来は必然だったのかもしれない」


大輝もまた胸に誓う。

「彩花を、ずっと幸せにする」


小さな偶然の出会いから、年月を経て確かな形になった二人の未来。

約束もなかったその出会いが、二人にとっての運命となったのだ。


これから二人は、互いに支え合いながら、新しい未来を歩いていく――。

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