第7話 仕事

 そんなこんなでお祝いの夕飯も終わり、晴れて三人の「偽物家族」としての生活が始まった。

 ご飯は主にやよいが作るが、洗濯物関連は花が、風呂掃除をはじめ掃除担当は琥太郎がやることになった。誰かと共同で家事をやること、大人数でご飯を食べること、この奇妙な共同生活のすべてが花にとっては新鮮で、同時に幸せも感じるようになっていた。


「花はさ、いつから学校なの? てかあと何日休み?」


 ある日の夕餉の食卓で、やよいが尋ねてきた。


「今日は四月五日ですよね。学校は八日からなので、あと二日休みです」

「そっか。琥太郎は? 大学生ではないんだっけ」

「分かり切っていることを聞くな。仕事が入れば行く、それだけだ」


 花は少しドキリとした。琥太郎は何ともない風に言っているし、やよいも聞き流しているが、彼の言う「仕事」は殺し屋。つまり琥太郎のいない時間は、この世のどこかで見知らぬ誰かが殺されているかもしれないのだ。

 ――いや、と考え直す。

 琥太郎は不要の殺しはしないのが業界のルールだと言っていた。だからきっと抹殺されているのは、悪いやつだけだ。そう思わないと、きっと夜は眠れないだろう。


「やよいさんは?」


 花は尋ねてみた。花たちが引っ越してきた四月一日から、やよいは家を空けていない。社会人は春休みなんてないと聞いたことがあるのだが、やよいは働きにいかなくて大丈夫なのだろうか。


「ああ、あたしはね」

 やよいはその日のメインディッシュであった鯖の味噌煮を飲み込んでから言った。

「明日から出勤だよ。実はこの三日間は、花たちも引っ越してくるし、有休をとっていたんだ」


「へぇ」

 琥太郎が珍しく自分から会話に入ってきた。

「魔女も普通に有休があるような普通の会社勤めしてるんだ。もっと怪しい職場で働いているもんかと」

「失礼だね。魔女だって、人間界に溶け込んで生活しているのさ。魔女だけのコミュニティで生きていけたら家族なんて必要ないさ」


 その発言に、琥太郎がご飯を食べる手を止めた。


「……もしかして、会社の人たちに何か言われたのか?」

「何かって?」

「……お前の見た目だと、『そろそろ結婚しないんですか?』とかじゃねぇの、よくありそうだが」


 琥太郎がそう言うと、やよいは目を丸くした。


「お見事だよ。最近それがうるさくてね」

 そしてにやりと笑ってつづけた。

「当面の言い訳は、年の離れたきょうだいを養わなきゃだから結婚なんて……という言い訳で行かせてもらうがな。いざとなったら、頼むぞ、琥太郎」


 わざわざ椅子から立ち上がり、琥太郎の肩に手を置くやよい。


「お前……俺に夫のふりをしろと?」

「夫とまでは行かないさ。彼氏とか、それくらいならいいだろ?」

「嫌だよ、気持ち悪い」


 琥太郎はパッとやよいの手を払いのけ、食卓を立った。

 食べ終わった皿を片付け、さっさと自分の部屋へ戻っていってしまう。


「やよいさん、私からも言わせてもらいますけどさすがに琥太郎が夫は無理ありますよ」


 これはあまり本人も気にしていなさそうだし、花も特に言ってこなかったが、琥太郎はどちらかというと童顔の部類に入ると思うのだ。十九歳と、三十あたりに見える魔女というだけでも不釣り合いなのに、さらに琥太郎のあの顔となると、少し頼りない。


「今は結婚がすべてじゃないですから、そう言ってなんとかやり過ごしてくださいよ。やよいさんが職場でどんな感じに言われているのかとかは分かりませんけどね」


 花のもっともな言葉に、やよいは仕方なく頷いた。


「まあ……そうだよなぁ。そうするよ」


 その反応から見て、琥太郎を夫ポジションにという流れは半分冗談だったようだ。それでも本当に残念そうにしているやよいが面白くて、花は笑いながら料理を口に運ぶ。


「ごちそうさまでした」


 食べ終わった花が風呂へ入る準備をしようと二階へ向かうと、ちょうど琥太郎が自室から出てきたところだった。


「あ、琥太郎」


 ――私が先にお風呂行くから、そのあとでもいい?


 花はそう尋ねようとして、やめた。彼がコートを羽織っていることに気づいたのだ。


「なに、どっか行くの?」

「仕事が入った」


 琥太郎の目は、いつになく鋭かった。

 『仕事』――その響きに、また花の心臓はドキリと跳ねる。


「そう」

 目を伏せる。

「気を付けてね」


 いまだに信じられない、というのが本当のところだった。人を殺すなんて、立派な法律違反だ。平和なこの国で、殺し屋なんて、裏業界なんて、そんな存在――あってほしくなかった。

 しかし、琥太郎の目を見ればわかる。あんなに鋭く恐怖を感じるときすらあるほどの瞳を持つ人物に、花は今まで出会ったことがなかった。人を殺すと、それに慣れてしまうと、あんな目をするようになってしまうのだろうか。


「ああ、行ってくる。帰りは遅くなりそうだ」


 じゃあ、と琥太郎は足早に花の横を通り過ぎていった。しばらくその場に突っ立っていた花だったが、思い出したように部屋へと向かう。バスタオルとパジャマを準備して、風呂へと向かう。


「……琥太郎」


 その名を呼んでも、返事をする者はもうこの家から出て行ってしまっているようだった。花は不安なのか心配なのか、分からない気持ちを抱えながらシャワーを浴びる。そんな気持ち、全部全部洗い流してしまいたかったけれど――そうもいかないようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る